コラム

日本赤軍からコロナ給付金詐欺まで、「意識の高い若者」はどこで間違えるのか

2022年06月10日(金)11時27分

かつて赤軍派は国家なきパレスチナ民族の名を借りつつ、暴力で既存の国家体制と「正面衝突」する道を選んだ。一方で今回の詐欺グループは私欲で国の制度に寄生し、むしろ「ちょろまかす」手法をとった点が大きく異なる。

形成途上の日本赤軍が1972年5月、テルアビブ近郊のロッド空港で起こした無差別乱射事件(26名を殺害。主犯は重信の「戸籍上の夫」だった奥平剛士)は世界を震撼させた。このとき、イザヤ・ベンダサンの筆名でユダヤ人を装い評論活動をしていた山本七平は、『文藝春秋』の同年8月号で問題の深層を論じている。

山本に従えば、日本人を意識の高い行動に駆り立てるのは、今も昔も「タメの哲学」だという。戦時中なら「天皇のタメ」「アジア解放のタメ」であり、戦後はそれが「革命のタメ」に変わった。

しかし「相手のタメ」にやるから善行だとする自意識は、しばしば当の相手を「私の善意を無条件に受け入れるべき存在」へと貶めてしまう。戦前には2.26事件の青年将校が「天皇のタメ」と称しつつ、昭和天皇の意向をまったく無視し、戦後の日本赤軍も「世界同時革命のタメ」と叫びながら、無関係な巡礼客を殺傷した。

興味深いことに、山本は論考のタイトルを「テルアビブの孝行息子たち」と銘打っている。

「これはお前のタメだ」と言いながら行われるしつけが、家庭内暴力の隠れ蓑にもなりがちなことは、多くの人が知っていよう。「誰かのタメ」という自意識で、相手の主体性を無視する思考様式は、そうした家族生活に適応できる「親孝行」な男女ほど身につけやすい。

こうした「孝」というモラルの毒を、中和する方法はないのだろうか。山本は江戸後期の心学者・鎌田柳泓(りゅうおう)の思想を、「日本的個人主義」の処方箋として紹介している。

鎌田によれば、人は誰しも自らの父母のタメに尽くすのであって、他人の父母に対して「お前も尽くせ」と強要される謂れはない。誰のタメに汗をかくかは「どうせみなバラバラだ」と割り切っておけば、自身が掲げる「タメ」に周囲まで巻き込む、日本赤軍のような原理主義は抑えられる。

だが、そうした個人主義の先には、なにが待つのだろう。

重信氏が関与したハーグ事件は、フランスで拘留中の赤軍メンバーの奪還を企図したもので、目的を達したのち実行犯はシリアに亡命した。一方でドバイに高飛びした詐欺グループのボスが、サロン仲間の釈放にむけて骨を折ることはなかろうし、逮捕された方もおそらくそう割り切ってのつきあいであろう。

「意識の高さ」ゆえにあえて国家を侮蔑し、法を逸脱する若年層はいつの時代も、どこの国にもいる。彼らが武器を取って人を殺すよりは、ハッカー感覚で税金をだまし取る程度でいてくれる社会の方が、はるかに平和で安全なことも確かだ。

しかしただ個人化し、より矮小な形に「アップデート」された反国家の集団をいま目にして、恐怖とは別の「うすら寒さ」を覚えることもまた禁じ得ない。私たちが原理主義の暴走を免れたとき、他人と運命をともにする生き方も消えたのである。

プロフィール

與那覇 潤

(よなは・じゅん)
評論家。1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で博士号取得後、2007~17年まで地方公立大学准教授。当時の専門は日本近現代史で、講義録に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』。病気と離職の体験を基にした著書に『知性は死なない』『心を病んだらいけないの?』(共著、第19回小林秀雄賞)。直近の同時代史を描く2021年刊の『平成史』を最後に、歴史学者の呼称を放棄した。2022年5月14日に最新刊『過剰可視化社会』(PHP新書)を上梓。

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