Antony McAulay-shutterstock
イギリス料理というと何が思い浮かぶだろうか?
フィッシュ&チップス、ローストビーフ、イングリッシュ・ブレックファスト・・・。全体的に茶色のイメージと相まって、ただ漠然と「不味い」という風評を真に受けてしまう人もいるかもしれない。
とかくあまり評判の良くないイギリス料理とされる食べ物はそもそもどのように生まれたのか。
そして階級対立が根強いと言われるかの国では、皆が同じようにその「イギリス」料理なるものを食べているのか。食べているとしても作り方や食べ方や、その料理への思い入れや意味付けには階級ごとの違いがあるのではないか。
私は昨年秋、パン屋を営み詩人でもあるミシマショウジ、農家で翻訳家の栢木清吾とともに、『舌の上の階級闘争 「イギリス」を料理する』を刊行し、そのなかで12章にわたり16の代表的だと思われるイギリス料理を取り上げてそれらの歴史や文化的背景を紐解きながら、このような問題について真剣に考えてみた。
出版から5カ月、多くの新聞や雑誌に書評が取り上げられ、おかげさまで重版を達成することができた。反応は文字通り様々で、だからそういう本じゃないって書いてあるのに伝わってないなぁと思うものもあれば、よくぞそこまで読み取ってくださいましたというものもあった。
多くの読者がマーマレードの章に食いついてきたことも、少し意外だった。シンプルなものほど複雑である。このことを、甘いマーマレードに潜む植民地主義と帝国主義の歴史の苦さは現在でも苦いままだということを通じて、読者諸氏の集合知性が掴み取ってくれた証だろう。
私たち3名は「コモナーズ・キッチン」というコレクティヴ(ユニット)として、それぞれ異なる役割で本書を作り上げた。
レシピ以外の文章のためのリサーチと下書きを担当した私にとって、主題である「イギリス」料理と階級がどのような関係にあるのかが細かく伝わっているかどうかはもちろんのこと、それ以上に、文章からそのメニューの匂いや熱や冷たさや味といった、料理を料理たらしめる官能性がにじみ出ているかどうかこそ最も気になることだった。
もし読者諸氏が読後にこの本を傍らに置き、それぞれの料理について考えるだけではなく、実際に作りたくなったり食べたくなったりしたなら、それは多分本文の力ではない。むしろ本文など端役でしかなく、美しい写真と、なによりも秩序だったレシピのページのおかげだろう。
精確に淡々と書かれたそれぞれのレシピは、その通りに作り上げていけば各章の冒頭にある料理の完成写真通りの出来栄えになるかのように感じられるはずだ。文字が重ねられるごとに図像へと結晶化していくがごとくである。
この静謐とも言えるレシピを、歴史家の藤原辰史は「神聖な」と表現した。
「真剣に料理と向き合うピーンと張り詰めた空気」を読み取ってくれたのだ(「週刊読書人」2024年12月6日号)。職人の工房、聖堂や本堂の内部、または道場でもいい。凛とした佇まいはその場所でひたすらに何かに打ち込む一途さを想起させる。美味しく作るという一途さを。