World Voice

イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

台湾の新総統、頼清徳(らい・せいとく=ウィリアム・ライ)ってどんな人?イタリアの報道より

画像 Tomasz Makowski

| 台湾の新総統、頼清徳(らい・せいとく=ウィリアム・ライ)ってどんな人?

北京にノーを突きつけ、感受性が豊で人前でも母に感謝し涙する、鉱山労働者の孤児ウィリアム・ライ・チンテ氏の人物像に迫ったイタリアの報道を紹介していきたい。

彼は64歳にしてリーダーに求められるタフさがあるし、感情豊かな人で、人前でも感動して涙を流す。
東洋では、政治は世襲で引き継ぐ世襲議員が多い習慣がある中、彼は珍しい事実である。

時は1960年代、ウィリアム・ライ チンテが2歳の頃、鉱山労働者の父親がトンネルの崩落で亡くなり、大きな痛みを経験した。
母親は、チンテと他5人の兄弟6人を女手ひとつで育てなければならなかった。
坑道があった台北の郊外で労働者階級の貧しい家庭でチンテは育った。

チンテは言う、「母は必死に働き、わたし達兄弟を育ててくれ、大学に行かせるために払った犠牲を決して忘れません。」と。
母親のことを話す時は感情が溢れ出し、涙が止まらなくなる」と、元大臣は語った。

民進党の同僚議員は、「涙もろいのは彼の弱点ではなく、彼の生い立ちと母子家庭で育った幼少期があるからこそ、たとえ困難に直面したときでも屈強に立ち上がることができる精神と忍耐強さがあるのが彼だ。どこからスタートしたかなど、生い立ちなど関係ない、決して恥じるものでもない」と、説明したと言う。

頼(らい)氏は、医学の道に進んだ。国立台湾大学医学部リハビリテーション科を卒業し、ハーバード大学公共衛生大学院では、医学と運動リハビリテーションを専攻し、公衆衛生の修士号を取得した。
アメリカに在住している間は、教授らにチンテという名前をなかなか覚えてもらえなかったり、発音するのが難しそうだったので、教授への礼儀として「ウィリアム」という名前を選んだと言う。

1980年代、彼は祖国台湾に戻り、脊髄治療の専門家医師となった。
1996年、台湾が民主化への道を歩み始めると、医師を辞めて、政界に進出した。
彼は立法院の国会議員を4期務めた後、当時は南部の台南市の市長も務めた。

2017年、大きな躍進を遂げた蔡英文総統によって台湾行政院長(首相に相当)に選出され、新内閣が発足した。
同年、頼氏の「私は台湾独立のための政治活動家である」というフレーズが有名になり、物議を醸した。
政府の責任により慎重になった彼は、「独立を宣言する必要はない。なぜなら 台湾は事実上主権独立国です。この調整は、中国の侵略を推進し正当化できる急進的な同盟国を守らなければならないことを懸念する米国に向けられた柔軟性と現実主義の表れでもある。」と、自身の立場を修正した。

興味深いことに、中国共産党は頼氏を「平和の破壊者」と呼んでいるにもかかわらず、同氏をブラックリストに載せていない。
なぜなら、さまざまな病院に、中国人の患者の病歴の医療記録を送ってもらったという恩義があるからだそうだ。

2018年には首相として、彼は18人が死亡、187人が重傷を負うというひどい列車事故に対処しなければならなかった。
彼は現場に行き、犠牲者の遺族と話をしている時にも共感し、涙を流した。
彼の遺族の気持ちに心から寄り添う姿と涙は決して偽りではないようだ。
台北の政府庁舎に戻ったとき、外傷後のリハビリテーション医としてのスキルが大いに発揮された。

「頼氏は情に深く、涙脆いが、公共の場で怒って叫ぶこともある。」と、イタリアのメディアは紹介しており、「これもまた、アジアの習慣では珍しい出来事だ。」という見方である。

「頼氏は、国会中に声を荒げて、中国の脅しにも関わらず軍事予算を削減しようとする国民党の反対派に対し、"あなた方は我々の破滅を望んでいるのだ"と叫んだ」と、イタリアのジャーナリストは書いているが、イタリアの国会議員もそれ以上に叫んでいると筆者は思うが。

退任する蔡英文総統、彼女は既婚者であり、台湾はアジアで初めて「同性婚を認める」という包括的な政策を推進してきた国家となった。
中国では、同性愛者は、決して中国の地に足を踏み入れることができない。中国の刑法では同性愛行為は「流氓罪」が適用される違法行為であると、しばらく同性愛を禁止する法律があったが、1997年に撤廃された。しかし、現在も同性婚は認めていない。

一方、頼新総統は、彼を立ち上げた蔡夫人よりもだいぶ保守的である。
頼氏のプライベートは、妻と2人の子供の父親だ。

| イタリアメディアが野党候補者たちを紹介した内容

主要野党で親中政党である国民党の侯(こう)有煕候補と台湾人民党を率いる柯(か)文済候補は、

「北京からの脅威に直面して、武力防衛を強化するだけでは十分ではなく、武力防衛を軽減する方法を見つけなければならない、中国とは緊張緩和と対話、貿易の再開、何百万人もの中国人観光客を台湾に取り戻し、台湾の学者と中国の学者間の交換交流を再開させるとマニフェストを掲げつつ、現在は国内総生産(GDP)比2.5%の防衛費を3%に引き上げる」

と、かなり矛盾したことを言っている点を見逃してはいなかった。

中国に媚びて融和的であまりに譲歩しすぎだと有権者に疑念を抱かれないために、防衛(Difesa)・対話(Dialogo)・緊張緩和(De-escalation)の「3D政策」を掲げていたが、それが逆に仇となったといえよう。

なお、イタリアの左派メディアは、中国にむけて柔軟で融和的な侯(こう)裕煕氏のことを説明する際、「侯氏は、硬直的な現台湾政府政府は、中国と対話する方法を見つけることができなかったと主張している。なので、何らかの融和的な措置を講じる必要があると考えている。国民党は、また、"侵略してきた日本軍"に対する愛国戦争において、蒋介石の同盟者であった。
その後、内戦で戦って敗れた。侯氏は中国のことをよく知っている。 2015年に国民党の前任馬英九氏が行ったように、侯氏は国家主席として習近平氏と会談し、46秒間の握手で歴史に名を残すことになるだろう。 時代は変わる。」と、紹介した。


また、イタリアでは、3人目の野党候補者であった柯(か)氏については、この候補者も元外科医で、医者から転身して政治家になり、台北市長を務めた人で、彼は、頼(らい)氏のように事実上の台湾独立派でもなく、侯(こう)氏のような中国に融和派でもない、危険な航行のための別のルートを提案している政党だと紹介した。

「中国政府にノーを突きつけたら、我々は中国の命令に従わず対話する方法を考える、最高の台湾総統になると言っているわけではないが、現状に最も適した総統になるだろう」と言った、選挙時の言葉を取り上げていた。
台北市長を務めた際は、労働者の低すぎる給与に対して賃上げし疲弊する勤務シフトを改善、経済的余裕のない若い夫婦が高額すぎて買えない住宅を購入できるように購入できるよう支援したなど、若者層から高い支持を得ている人物だ。

選挙運動キャンペーン中は、子供たちと一緒にステージに上がり、踊って歌っているが、彼には性格に弱点があり、"人と接触するのがあまり好きではない"と紹介していた。

敵対候補者らは、「彼は社会的コミュニケーションに戸惑いを感じる人だ」と診断している。
良く言えば無口でシャイな人、控えめに言っても、いわゆる"コミュ障"のようだ。
当の本人は、それを否定していない。

柯氏の談話、"人とのコミュニケーションが嫌いなこと"が分かるエピソードで、「みなさんがご存知のように、私は集中治療室で外科医として長年働いていましたが、私の患者は全員挿管されており、話すことができないので、議論することもなく、しなくてもいい。私はただ彼らのために働くことに慣れている。緊急手術の状況では感情的になってはいけないし、理性と精神的秩序を課さなければならない。台湾を救う大統領はそういう人でなければならない。(私のようにね)」
と自身の性格を語ったそうだが、良い自己アピールだったのか、その賛否は既に出ている選挙の投票結果を見れば分かるだろう。

| 中国の反応は?

中国政府の脅迫は効果が全くなかった。

中国政府は、台湾人に「戦争を避けるために正しい選択をするように」と警告をし、頼氏を「平和の破壊者」と定義した。

結果は、民進党(DPP)の自治候補で現副総統の頼清徳(らい・せいとく=ウィリアム・ライ)氏が台湾の選挙に勝利した。

主要野党で親中政党である国民党の侯有煕候補は、もう一人のライバルであるTPPの柯文済氏と同じく敗北を認めた。

開票率90%以上で頼氏の支持率は500万票を超え、得票率は40%を超えた。
当初の推計によると、投票率は70%を超え、記録的な数字となった。
頼氏は集計が正式に終了して初めて、支持者らとともに結果を祝った。

時期台湾総統(大統領)になった今、頼氏は初めての演説で、
「これまで、我々は中国に降伏し、権威主義に屈することを拒否してきました。これは運命が我々の手中にあることを証明しています。」と、言った。

頼氏は自分の勝利は習近平氏に「責任を持って国際秩序の支持に戻り、台湾との協議を再開するという政治的機会」を与えるだろうと述べ、3年間事実上の中米大使を務めたシャオ・ビキム氏(52歳)を副官に指名した。
この選択は中国政府にとって挑戦となる。このため中国は彼女をブラックリストに載せた。

シャオ氏には「猫戦士」というあだ名が付けられている。
中国の外交官が攻撃的な中国外交スタイルをアクション映画の「狼戦士」からとって、名付けた造語を台湾が揶揄するために、シャオ氏につけたあだ名である。
なぜ猫戦士なのか、
「猫は機敏で柔軟で、非常に狭い場所でもバランスを保つことができます。猫がやりたくないことを強制してやらせることはできなから。」だという。


一方、総統選挙と同時に立法委員選挙も行われたが、頼氏の与党・民進党はの議席が過半数を割った。

中国当局は、この台湾の"ねじれ国会"について、「頼氏は、絶対多数を持っていないと知り、自らを慰めることになるだろう、議会で台湾独立を行うつもりさえない。
そして、これは中国統一への傾向は避けられないことを示すだろう。」と、述べている。


| 習近平は、彼を手強い相手だと認識し警戒している


一部の欧州アナリストは、おそらく習近平は敵の強さを認識しており、仮説上の対話のための窓を開けておきたいのではないかと考えているだろうという。

総統選挙と議会選挙の前夜、台湾の首都台北の広場には、数十万人の市民で埋め尽くされ、若者たちが多く集まっていた。頼氏の支援者たちは、非常に力強く、心強いものであったため、中国共産党軍は、「我々は独立陰謀を粉砕する」と、警告を発していた。


集会や民主主義への民衆の参加こそが、中国共産党に対する最大の挑戦であり、挑発行為であると定義し、「台湾問題は中国の内政問題だ。台湾でどんな変化が起こっても、中国は世界に一つしかなく、台湾は中国の一部であるという基本的な事実は変わらない」と中国外務省の華春瑩報道官は述べた。

| EUは緊張の可能性を懸念

台湾海峡の平和と安定は、地域および世界の安全保障と発展にとって重要な要素であると、EUは台湾の国民の選挙参加を祝う中で述べた。

しかし、台湾の新総統は、地域の緊張の高まりに対する懸念を隠しておらず、現状を変更しようとする中国のいかなる一方的な試みにも反対している。台湾海峡の平和と安定は、EUを強調するものであり、地域および世界の安全保障と発展にとって重要な要素である。

今日現在、台湾国民によって選出された5番目の総統である頼氏は、「民主主義の偉大な勝利」と述べて台湾国民に感謝の意を表した。

新総統のビジョンは、台湾人の希望はただ一つ、民主的かつ自由なモデルに従って生活を続けること、そして海峡を越えた健全な関係を望むということである。

もはや、頼氏は台湾の独立については演説では話さなかったことについて、イタリアのコッリエーレ・デッラ・セーラ紙は、「もう何年も独立の話しはしていない。その理由は、おそらく、彼は独立という言葉を口に出して言わずとも台湾が事実上の主権を持ち、独自の通過をもち、領土を管理し、独自の憲法を持ち、国民が安全に旅行できるようにパスポートがあることを知っているし、例え正式にはこの島が主権国家として存在していないとしても、国際社会は一つの中国を認めなければならないことを彼は知っているからだ」と言う。

EUにとっての台湾は、国際機関が作成する民主主義指数でもトップに位置している国であると認めている。そして、なんといっても台湾と言えば、最先端のマイクロチップの90%が台湾の工場から生産されているため、誰もが羨む戦略的産業大国の地位にあると評価されている。
万が一、台湾有事が起こった場合、世界のテクノロジー産業の生産ラインすべてが停止してしまう。
世界トップの半導体シェアを占める台湾が止れば、世界経済への影響は計り知れず、甚大な損失が生じる。
欧州にとっても、台湾有事は遠い東側対岸の火事ではないのだ。


米国・バイデン大統領は慎重な反応で、台湾を防衛すると何度も約束しているが、台湾の責任感にも期待している。
習氏との関係回復の試みを台無しにしないため、投票直後「我々は台湾の独立を支持しない」 と繰り返した。
国務長官ブリンケン氏は、彼らの民主主義の強さ、そして「紛争の平和的解決を望んでいること」を頼氏と台湾国民が再確認したことを祝福した。

頼氏の総統就任式は5月20日に予定している。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

Ranking

アクセスランキング

Twitter

ツイッター

Facebook

フェイスブック

Topics

お知らせ