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ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリア職権乱用罪の廃止:公務員の権限乱用が合法化される危険性

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| 歴史的な法改正とその影響

20世紀以上続いた市民を守る法律が消え、権力者の横暴が許される時代へ

2024年8月25日、イタリア政府は職権乱用罪(abuso d'ufficio)を廃止する法律を施行した。
この法律は、過去205年間にわたり、公共の権限を持つ者が市民に対して不正に権限を行使することを防ぐために存在していたものであり、その廃止は社会に重大な影響を与える決定となった。
これにより、過去に職権乱用罪で起訴された数多くの公務員や政治家たちは、これまでに犯した不正行為に対する法的責任を問われなくなった。

職権乱用罪は、イタリアの法律において、公共の権限を持つ者がその職権を私的利益のために不正に利用した場合に適用されるものであり、過去には数々の公務員や政治家がこの罪で有罪判決を受けてきた。
しかし、職権乱用罪があまりにも広範で抽象的な定義を持っていたため、その解釈に多くの疑問が生じ、最終的には近年その適用範囲が厳しく縮小されてきた。
最も最近の改正は2020年の前コンテ政権で、規定がより厳格になり、明文化された法律違反がなければ職権乱用とは見なされないという立場が取られた。
それでも依然として批判の声は絶えなかった。
2024年8月、 メローニ政権で、職権乱用罪に5回目の修正を加え、すべてを廃止した。


| 2世紀以上にわたる歴史

職権乱用罪は、もともと1819年のナポリ王国法典において、公共の権限を悪用して市民を不当に圧迫する行為を罰するために設けられた。
その後、イタリア統一を経て1889年のザナルデッリ法典に組み込まれ、1930年に制定されたロッコ刑法典(現行刑法)にも引き継がれた。
この法律は、「職務に関する権限を濫用し、他者に損害を与えるか、自ら利益を得る行為」を罰するもので、明確な規定に基づき、公務員の行動を監視する役割を果たしていた。

近年、職権乱用罪はその適用範囲が曖昧であるという理由で批判され、また、行政手続きにおいて公務員がリスクを避けるために過度に慎重になり、実効性を欠く事態が続いた。
これに対して、「職権乱用罪は悪用されている」として、その廃止を求める声が高まったのだ。
行政の効率化を求める立場からは、この罪が過剰な法的リスクを生む原因であると指摘された。

| 変遷と削減

職権乱用罪は、その創設から現在に至るまで幾度となく改正されてきた。
1990年には初めての改正が行われ、罪の定義が明確化され、罰則が強化された。さらに、1997年の第二次改正では、職権乱用の範囲が法令や規則の違反、または利害関係者との利益相反の状況に限定され、罰則も軽減された。
その後、2012年と2020年にも改正が行われ、最終的には職権乱用の適用範囲がほとんど消え去る形となった。

2024年8月の最終的な廃止により、職権乱用罪は完全に法体系から消え去った。
これにより、公共職員の不正行為が合法化されるわけではないが、実際にはこれらの行為を裁くための法律が大幅に弱体化し、事実上、権力を持つ者による不正行為に対する処罰がほぼ無くなった。


| 廃止後の影響

職権乱用罪の廃止により、これまでその罪で有罪判決を受けた多くの人々が無罪放免となり、さらには刑事記録から抹消されることになる。
過去に職権乱用罪で起訴された数千人の公務員が含まれており、その中には市長や警察官、教育者などがいる。これらの人々は、今後法的な影響を受けることなく、公職に復帰したり、新たな職務に就いたりすることが可能となるという。

一方で、廃止後も依然として市民が不正を訴える手段は残っている。
例えば、市民は依然として裁判所に対して訴えを起こすことができるほか、行政機関内での懲戒処分や責任追及も可能である。
しかし、これらの手段は、職権乱用罪に比べて圧倒的に弱体化したため、実効性を欠く可能性が高い。

例えば、大学の不正入試や公務員の不正な便宜供与や入札談合などの問題が、今後問題化した場合は、職権乱用罪の適用が無くなったため、これらの行為が刑事罰の対象外となる可能性もある。教授が自分の学生や親しい人々に便宜を図るような行為については、もはや刑事責任を問うことができなくなった。

市警察の署長は、スピード違反を取り締まるサービス会社の入札に、義兄の経営する会社に委託したいが、それはいかがなものかと咎める市議会議員が投票するのを阻止するため職権濫用と用いた。入札競争委員会の委員長を務めた自治体の管理者が、姪を勝者と宣言した。これも罪に問われなくなる。

公権力を持つ者による報復行為や虐待行為であっても、刑事的には罪に問われない。 職権乱用の疑いで捜査中の判事多数に対して20件の懲戒手続きが開始されたが、「刑事制裁の免除」で無効になるという。


| 法的空白と社会的影響

職権乱用罪が廃止されたことによる最大の問題は、公務員や政治家が自分の利益を優先して市民に不利益を与えることが合法化されてしまう可能性があることだ。

行政機関が自分の親族や友人に便宜を図ることができ、それに対して法律的な制裁が存在しないという状況が生まれてくるだろう。
また、権力者が私的な復讐や利益追求のために公職を利用することも、法的に無罪となるため、社会的な不信感をさらに強める結果となることが推察される。

イタリア政府は、職権乱用罪廃止後の新たな法的枠組みとして、腐敗や背任、情報漏洩などの犯罪で対処する方針を示している。
実際は、職権乱用罪の廃止が市民にとって不利益をもたらし、特に地方自治体や行政機関における腐敗がさらに横行する危険性がある。

| 職権乱用の廃止と憲法違反の疑い

イタリアのフィレンツェ、レッジョ・エミリア、ロクリをはじめとする六つの裁判所は、職権乱用の規定を廃止した法律に対し、憲法裁判所に対して違憲の可能性を訴えた。
職権乱用の廃止は、憲法第117条に違反している可能性があり、特に国際法の義務(メリダ条約)に反するという主張がなされている。
この条約は、公務員が職務を遂行する中で不正に利益を得ることを犯罪とする内容を含んでいる。さらに、憲法第97条の公務員の中立性と公正性の原則にも反する可能性がある。


○欧州連合の新指令とイタリアの対応
2023年5月3日に欧州議会は、職権乱用に関する新たな指令案を提案した。
指令案の第11条は、公務員が法を故意に無視し、不正な利益を得ることを犯罪とすることを求めている。もしこの指令案が承認されれば、イタリアは再び職権乱用を犯罪として定める必要が出てくる。現在、イタリアでは職権乱用は刑事罰の対象外となっているため、再度この犯罪を刑法に戻さなければならなくなる可能性がある。

○職権乱用廃止に対する異議申し立て
職権乱用の廃止に対する異議申し立ては、法的に大きな問題を引き起こしている。
多くの市民や弁護士は、職権乱用の規定廃止が公務員による権力の乱用を許す結果を招くとして懸念している。
しかし、この廃止を支持する意見もあり、職権乱用の規定が曖昧すぎて不正行為が適切に処罰されないことを批判している。
将来的には、職権濫用の廃止を支持する者にとっては、横領、汚職、恐喝、秘密漏洩といった他の罪で罰することができるので十分だろうという。
改正後は、職権乱用がより明確に不正行為として取り締まられない可能性があるが、他の法律(例:汚職や腐敗防止法)によってカバーされることになるという意見もある。

職権乱用罪の廃止は、法的なガードレールを取り除くことで、一部の公務員や政治家にとっては「手足が縛られた」状態から解放される一方で、一般市民にとっては公正さや透明性が失われる事態を招くことになるだろう。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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