イタリア事情斜め読み
イタリアにおける熊の増加と殺処分問題
| トレンティーノ地方における現実
イタリアのトレンティーノ=アルト・アディジェ州の州都トレンティーノ地方では、クマの管理を巡る問題が再び大きな関心を集めている。
2024年に行われたクマM91の殺処分に関する決定は、地域住民と動物保護団体との間で激しい論争を引き起こした。
この殺処分は、州知事マウリツィオ・フガッティの命令を受けて、フォレスタリ(森林警備隊)によって24時間以内に実行された。
2024年にトレンティーノで殺処分されたクマはこれで3頭目となり、動物愛護団体はこの決定を「またもや恥さらし」と強く非難し、法的手続きを進める意向を示している。
トレンティーノ州、クマM91を殺処分した。フガッティ州知事の命令から24時間後に実施。動物保護団体ブランビッラ氏:「またもや!恥さらし」... pic.twitter.com/4qmlCFMmgn
-- ヴィズマーラ恵子 (@vismoglie) December 2, 2024
| フガッティ知事の決定とその背景
フガッティ知事は、動物保護団体による異議申し立てを回避するため、週末に署名した命令で迅速にM91の殺処分を決定した。
この決定に対し、動物愛護団体のミケーラ・ヴィットリア・ブランビッラ(Leidaa)氏は、「法的手続きを回避するための不正行為だ」と批判し、再度この決定を法廷に持ち込むと宣言した。彼女は、フガッティ知事の対応を「またもや恥知らずな行為だ」と強く反発している。
クマの増加と人間との衝突
2000年以降、トレンティーノでのクマ問題は、プロジェクト「Life Ursus」によって、スロベニアから導入されたクマの個体数が増えた結果、それに伴う農作物の被害や人間との接触が深刻な問題となっていた。クマM91も過去に人間との接触があったため、近隣の集落に出没したことが問題視され、最終的に殺処分の対象となった。
j4、Mj5、M49、ダニザ、トレンティーノ地区に出没するクマには全て名前がついている。
「Life Ursus」プロジェクトの10頭のクマは、1999年から2002年にかけてスロベニアからトレンティーノに移住した際、すでに名前がつけられていた。
名前はスロベニア語で、オスのクマ3頭(マズ、ジョゼ、ガスペル)とメスのクマ7頭(キルカ、イルマ、ユルカ、ヴィダ、ブレンタ、マヤ、ダニザ)が含まれていた。ダニザは2014年に捕獲時に麻酔薬を投与され、命を落とした。
最初、クマには両親のイニシャルを使って名前がつけられていた。その後、トレンティーノの再導入プロジェクトの責任者たちは、ヨーロッパ全体で採用されている命名方法に従うことにした。その方法とは、クマを性別と識別番号で区別するものだ。
たとえば、現在捕獲されたJj4というクマの名前は、両親がジョゼとユルカであることから、Jj4と名付けられた。Jj4は17歳で、捕獲時には2歳の子ども3頭を連れていたが、そのうち2頭は捕獲後に解放された。
Jj4の子どもたちの中で、最初に生まれたJj1(通称ブリュノ)は2006年にバイエルンで殺された。
Jj1は人懐っこすぎて、オーストリアやドイツで他の動物に攻撃や殺害を繰り返したため、殺処分された。その後、ミュンヘンの博物館に標本として展示されている。
Jj3は2008年にスイスのグリゾン州で射殺された。Jj2は2006年以降行方不明となり、ヴァル・ヴェノスタで違法に射殺されたという噂もある。
一方、M62の場合は「Life Ursus」の直接の子孫ではない。名前は性別(「m」は雄)と識別番号(62番目の個体)から付けられた。M62は62番目に識別されたクマで、2024年4月30日に死亡が確認されたが、その死因はまだ不明である。
M49(通称「パピヨン」)も「Life Ursus」の直接的な子孫ではなく、現在Jj4と共にトレンティーノのキャステラー動物保護センターに収容されている。M49は2019年と2020年に2度も脱走を試みたことで知られている。
| 人間とクマの接触とクマが観光客を襲う事件発生
近年、殺処分されたクマの数は増加しており、2023年には特に注目された事例があった。クマと人間との接触が増加しており、その中で危険な事件が発生することもある。
Jj4以外にも、トレンティーノの州知事マウリツィオ・フガッティは、2023年3月5日にヴァル・ディ・ラッビでトレンティーノのハイカー、フランス人観光客のアレッサンドロ・チコリーニ氏を襲ったMj5に対しても殺処分の命令を出した。
Mj5は「Life Ursus」プロジェクトの先祖、マヤとジョゼの子どもである。
この事件は大きな衝撃を与え、トレンティーノ地方内外で大きな議論を巻き起こし、観光客がクマと接触した際に、クマが攻撃的な行動を取ったため、州自治体はそのクマを即座に駆除する決定を下したのだ。
Kj1の襲撃事件は、クマがなぜ攻撃的な行動を取ったのかについて十分な説明がないまま迅速に殺処分される結果となり、動物愛護団体からは強い反発を受けた。団体は、クマの行動の背景を調査し、環境の変化や人間の行動が影響を与えていないかを十分に検討すべきだと主張している。
この事件は、クマの保護と人間の安全をどうバランスさせるかという難題を浮き彫りにした。
自治体は即時に殺処分命令を出した。この対応は観光客を守るためという名目で行われたが、動物愛護団体からは「代替手段があった」として強い反発をした。
クマKJ1が攻撃的な行動を取った理由や背景について十分な説明がなされなかったことが批判の対象となったのだ。
2024年に殺処分が決まったM91というクマも、過去に人間との接触があり、近隣の集落に出没したことが問題視されていた。M91は「危険な動物」と見なされ、トレンティーノ州政府は「予防措置」として殺処分を決定した。
このように、行政はクマを「危険因子」として扱うことが多く、事故が発生する前に予防措置を取ることを最優先にしている。しかし、この措置が本当に最適な方法であったのかは議論の余地があり、動物愛護団体からは「非致死的な対応策」が提案され続けている。
農作物の被害
クマが農作物を荒らす事例が増えている。特に果樹園や農場での被害が顕著で、クマがリンゴやナシ、ブドウなどの果物を食べるために農地に出没することが多い。クマが作物を食い荒らすと、農家の収穫は大幅に減少し、生計を脅かされることになる。このような被害は農業従事者や地域経済に深刻な影響を与え、農民の間ではクマに対する強い不満が高まっている。
クマによる農作物の被害は連続的に発生し、そのたびに農家が警告を発したり、被害を防ぐために費用をかけて対策を講じるが、根本的な解決には至らない。たとえば、クマの出没に対して地域住民が自衛策を取ることもある。電気フェンスを設置したり、警報装置を導入したりするが、それでも完全に防げるわけではなく、被害は続いている。
クマの出没による不安感の高まり
クマの出没は、特に山間部の集落で住民に大きな不安感を与えている。
クマが人々の生活圏に近づくことで、住民は夜間に外出を避けたり、子どもたちが外で遊ぶのを控えたりするようになった。このような状況は日常生活に大きな影響を与えており、住民の恐怖感を増している。特に観光シーズンの夏には、観光客にも不安を与えることとなり、観光業にも悪影響を及ぼしている。
クマの頻繁な目撃情報は、一部の観光客にとって「野生動物と触れ合う体験」として魅力的に映ることもあるが、その一方で、突発的なクマとの接触に対する警戒心が強まり、観光業にもリスクが生じている。観光地でのクマの出没が続くと、訪れる観光客が減少する可能性があり、地域経済に深刻な影響を与えることが懸念される。
住民の反発と不満の高まり
これらの問題が続く中で、トレンティーノ地方の住民の間ではクマに対する反発と不満が高まっている。特に農業従事者や山間部に住む人々は、クマの存在が生活に深刻な影響を与えていると感じているようだ。
農作物の損害や生活の安全性に関する問題が解決されない限り、住民の間でクマに対する敵対的な感情が強まり、さらなる対策が求められる状況だ。
一方で、クマの保護を推進する団体は、クマが自然環境の一部であり、絶滅危惧種であるためその保護が重要だと主張している。しかし、現実には人間社会との衝突が続いており、その調整は非常に難しい状況となっている。
| EU法や地域の保護計画
トレンティーノにおけるクマの管理は、EUの生物多様性指令(Directive 92/43/EEC)や鳥類指令(Directive 2009/147/EC)に基づいて行われている。
これらの指令は絶滅危惧種であるアラスカグマ(Ursus arctos)の保護を目的としている。
これらの法的枠組みが現実の問題に十分に対応できているのかには疑問の声も多い。こと、危険なクマに対して殺処分が許可される場合もあるが、その基準はとても曖昧であり、行政の判断に依存する部分が大きいため、クマの命運が個々の行政の判断によって決まってしまうことが問題視されてきた。
代替手段と動物愛護団体の反発
動物愛護団体は、クマの殺処分に代わる方法があると主張している。
例えば、ロマンニアのサンクチュアリへの移送や、クマ専用のゴミ箱の設置、またはクマが人間の集まる場所に近づかないようにするための物理的な施設作りなどが提案されている。しかし、トレンティーノ州は、「人間と動物の安全を最優先にすべきだ」とし、迅速な対応を正当化した。
法的な対応と今後の課題
クマの殺処分に関する法的な手続きに対しても疑問の声が上がっている。
深夜に署名された殺処分命令について、動物愛護団体は「法的手続きを回避し、市民や団体が異議を申し立てる機会を奪った」と指摘している。この問題に関して、今後はクマの管理方法を見直し、非致死的な方法を取り入れるべきだという声が高まっている。
生命と人間の安全の狭間でトレンティーノでの熊問題は、「生命の保護」と「人間の安全」のバランスをどう取るかという難しい課題を浮き彫りにしている。
EUの生物多様性指令(Directive 92/43/EEC)や鳥類指令(Directive 2009/147/EC)は、熊を含む絶滅危惧種を保護することを求めているが、現実的には、農作物の被害や人間との衝突が頻発しており、地域住民の安全が最優先されるべきだという意見も強い。
行政側は「迅速な対応」を重視し、特に「危険と判断された個体」に対しては即座に殺処分を実施するという方針を取っているが、動物愛護団体はその都度「代替手段を取るべきだ」として法的措置を講じている。
クマの行動を監視するための監視カメラや、人間の居住地とクマの生息地を分けるための物理的なバリア、ゴミの管理方法の改善など、非致死的な方法で問題を解決するべきだという主張だ。
今後、クマと人間の共存を実現するためには、法的な枠組みの見直しと、より人道的な管理策が必要だ。
著者プロフィール
- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie