イタリア事情斜め読み
数分で50頭のピエモンテ牛が死亡、別の農場でも次々と大量死。なぜ?
8月6日(土曜日)ピエモンテ州クーネオ県にある、人口約6,300人の自治体ソンマリーヴァ・デル・ボスコで50頭の牛が死亡した。
刈りたての新鮮な草を食べていた未経産牛と成牛が突然震え始め、地面に身を投げて窒息死したという、なんとも居た堪れないショッキングで凄惨な状況が写真や動画と共に報じられた。
一体、何が起こったのか、なぜ?
クーネオ県のソンマリーヴァ・デル・ボスコ市で歴史と伝統を持つピエモンテ牛の飼育農家を営んでいるジャコミーノ・オリベロ氏(58歳)は、
「放牧中に種まきされた穀物を食べていた牛たちが目の前で、酔いしれるように、そしてハエのように死んでしまいました。すべては数分間で起こりました。」
と、語った。
オリベロ氏はすぐに警報を発し、地方保険公社(ASL)の獣医師とブラの森林警察へ連絡をした。
地上に息絶え絶え生き残った牛たちを救おうと、少なくとも30回の点滴を投与するなど試みたが、なす術がなく、その他に何もすることができなかったという。
牛たちが食べていたその草は、実際には牛の餌には適していなかったと付け加えた。
その5日後の8月11日(木曜日)午後、ピエモンテ州で2例目となる同様のニュースが報じられた。
近くの畑から刈り取ったばかりの新鮮な草を食べた後に6頭の牛が死亡したという。
約10頭の牛が突然地面に倒れ、6頭が死亡した。
4頭はクーネオ動物予防研究所のサヴィリアーノ氏、地方保険公社(ASL) のトーピ氏、バルベリス氏ら獣医チームによって救出された。
同日、さらに同県内で数時間のうちに2件の緊急要請が入った。
クーネオ県サルッツォ市モレッタの厩舎でも牛が倒れ出した。
獣医チームは、おそらく牛の死因は中毒死であるとみて、毒性物質の影響を中和するための硝酸ナトリウムを牛たちに投与したが、5頭の牛が死亡した。
その際、獣医師らが納屋で"ソルガム"に非常によく似た刈りたての草を見つけた。
モロコシが自分の土地で育っていないことを確信した農夫は、朝、160頭のほとんどが妊娠していた牛を厩舎から約1km離れた農夫の所有する畑に運ぶことにした。
ソルガムは、特に厳しい環境条件に適応でき、干ばつにも非常に強い植物だが、わずかな植物しか栽培されていなかった。
「ソルガムの種をまいたのは初めてです。 冬に使おうと思いました。 」と農夫は言った。
この2番目のケースから、数日以内に領土でより詳細なチェックが行われることとなった。
乳牛を育てている農家はソルガムとトウモロコシが水分ストレス下にあると毒素を生成する可能性があることをよく知っていると言う。
しかし、誰もが知っているわけではないし、ましてやこのような深刻な結果は想像もしていなかっただろう。
3番目の電話は、今度はクーネオ県ブラ市から。
町のすぐ外にあるピエモンテの牧場へ獣医師らは駆けつけた。
6頭が生き残り、4頭が死亡した。
報告によると、8月11日の夕方から12日の夜にかけ解毒剤を使用するなど、迅速な処置によりブラでは6頭、モレッタでは5頭が命を取り留め、ソンマリーヴァ・デル・ボスコ農場全体では、25頭の牛を救うことができた。
| 原因分析と結果
ロンバルディア州およびエミリア・ロマーニャ州の動物予防実験研究所Izsplvで分析が行われた。
牛の大量死の原因については、モロコシであったことに疑いの余地はない。
牛は「若い植物にのみ存在する有毒物質であるデュリンの摂取に起因するシアン化水素酸による急性中毒で死亡した」と結論づけた。
ピエモンテ州、リグーリア州、ヴァッレ・ダオスタ州の動物予防研究所から、
「アレッポ・ソルガムを含むカットハーブを動物に与えてはいけない」とクーネオ県の飼育農家へ向け注意喚起がなされた。
⭕️ソルガムとは
Wikipediaより引用
セイバンモロコシ(学名:Sorghum halepense)単子葉植物イネ科モロコシ属の多年生植物である。
・利害
霜や乾燥などのストレスによりシアン化水素を植物体内に生産することや、硝酸塩を含むことから、日本では飼料としてほとんど栽培されない。根茎、種子の両方で繁殖するため、畑地・牧草地の強害雑草となっている。
栽培されたモロコシの組織は、特に若い植物では青酸があり、潜在的に有毒である。野生のソルガムの種は、成熟時よりも低いレベルのシアン化グルコシド (CNglc) デュリンを生成する。
牛の第一胃の内部は胃酸の作用で常に酸性だが、この物質が胃に入ると、シアン化水素に変換される。そのシアン化水素酸を含む毒性物質が動物にとって致命的になる可能性があるという。
動物が野菜を摂取すると、中枢神経系が影響を受け、心血管の虚脱とその後の窒息死につながるのだ。
動物飼料に示されている限界をはるかに超える高濃度の有毒物質は、干ばつと暑さが原因である可能性が最も高い。
実際、 イタリアでは記録的な干ばつ状態が続いている。
おそらく干ばつで乾燥や高塩濃度などの水ストレスにさらされると、特に植物が発達したと考察されている。
水不足で植物は小さく育ち有毒性は少ないようだが、デュリンがより多くの致死量有毒素を発生させた可能性があると考えられたのは、小さくて若い挿し木で育ったソルガム(セイバンモロコシ)だった。
日本の厚生労働省は検疫所に天然にシアン化合物を含む食品 (検査命令 対 象品を除く)について自主検査等の強化を指示している。
⭕️シアン化合物とは何か
日本食品分析センターJFR シアン化合物についてより引用
シアン化合物でよく知られているのは,シアン化水素(HCN)です。常温で気体(青酸ガス)であり,強い急性毒性を示します。 毒性の発現はシアンイオン(CN-)が肺,皮膚,消化器から吸収されることによって起こります。
シアンイオンは細胞内の電子伝達系の酵素反応を阻害し,細胞の呼吸作用が停止します。
ヒトでは空気中濃 度 25 mg/m3から中毒症状が現れ,2500 mg/m3 で致死的となります。
青酸カリとも呼ばれるシアン化カリウム(KCN)は白色の粉末で,その経口致死量はヒトで 0.15~0.3 g とされています。
参考資料 農林水産省ホームページ:ビワの種子の粉末は食べないようにしましょう
ソンマリーヴァ・デル・ボスコの農場で採取された植物は、デュリン'durrina' が0.1% (1,000 ppm - 100 万分の 1) の濃度で検出された。
死亡した動物では730ppmをはるかに超える濃度の青酸が検出され、牛にとって有毒であった。
| 救済措置
約16万ユーロ(約2,160万円)の被害を受けた農家を助けるために、マルコ・ペドゥシア市長は市当局とともに、計り知れない損害を受けた農場を支援するための募金活動を組織することを決定した。
また、トリノのコルディレッティは、ソンマリーヴァ・デル・ボスコの農家を支援するための募金活動を開始したと発表した。
ピエモンテの牛飼育者協会である組織アナボラピの副会長ブルーノ・メッカ・チチ会長は、自治体とそのコミュニティによって促進されたイニシアチブを支援することを決定した。
「このようなまれで有害な出来事によって困難に直面している農民の家族との連帯を具体的な親密さの印とともに表明する必要があります。牧草地に生えているモロコシ、特に植物が発育の初期段階にあるときは、もっと注意を払うことを提案することや牛の群れをそこに連れて行かないことを勧める必要がある。」と述べた。
繁殖を再開できるようになるまで、少なくとも3年はかかると言う。
著者プロフィール
- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie