イタリア事情斜め読み
岸田首相がイタリア訪問をする意義。イタリアは中国との一帯一路を止め日本へシフトか
| 日本の弾丸外交ツアーのテーマ「自由で開かれたインド太平洋」
日本の岸田文雄内閣総理大臣は、4月29日から5月6日までの日程で、インドネシア共和国、ベトナム社会主義共和国、タイ王国、イタリア共和国及び英国を訪問する予定になっている。
5月3日火曜日には、岸田首相はイタリア・ローマに到着する。
そしてイタリアのマリオ・ドラギ首相との首脳会談を行うことになっている。
イタリア側の報道では、この岸田首相の各国への訪問は、各段階に深い意味があると言っている。
まず最初に訪れた訪問先の国は、インドネシア共和国。昨年のG20サミットは、イタリア・ローマで開催されたが、今年G20を主宰する議長国は、東南アジア初のインドネシアである。
インドネシアは東南アジアで唯一のG20参加国で、議長国を務めるのは初めて。会場はジャカルタで開かれることが予定されている。
ロシアに対する制裁措置としてシンガポールだけが西側に加わっており、ここでの議題はやはり中国であろう。ロシアに対する中国の曖昧な立場と主張は、日本やこの地域の他の多くの国々を悩ませている。
イタリアの大手メディアによると、
「岸田首相は、11月に開催されるそのG20サミットと主要な東南アジア経済を主催するインドネシアは、日本にとって民主主義や法の支配などの普遍的な価値観を共有する戦略的パートナーである。インドネシアを説得して、G20 サミットからロシアを除外しようとしている。」
という見方をしており、岸田首相のインドネシア訪問の意図などを考察していた。
その後、ベトナムのハノイとタイのバンコクに到着。
東南アジアへの外交ツアーでは、岸田首相はベトナムのファム・ミン・チン首相とグエン・スアン・フック大統領と会談し、タイのプラユット・チャンオチャ首相とも会談をした。
日本とタイは今年、外交関係樹立135周年を迎えるにあたり、安全保障協力を強化するための防衛装備と技術の移転に関する合意に署名する予定だ。タイは今年、アジア太平洋経済協力サミットを主催することになっている。
ベトナムは、南シナ海と中国の領土問題に関与しているASEAN地域の国の1つである。そして、日本はハノイとの関係を大幅に強化している。
岸田首相のハノイ訪問の目標は、「ウクライナの状況について率直に意見を交換する」こと、そして、「この問題について協力を確認する」ことで、ロシアのウクライナ侵攻への対応を強化することを目的としている。また、「自由で開かれたインド太平洋を達成するために協力する」ことを約束する。
両首都で、同盟国への緊急性を強調することにより、北朝鮮のミサイル挑発に対する日本の懸念を改めて表明することも大事な目的であり忘れてはいけない。
こういった理由から、米国のジョー・バイデン大統領は、5月に東京へ行き、オーストラリア、日本、インドの指導者とのクワッド会議に出席する予定であるとイタリア側は付け加えて報道した。
こうやって、イタリア側の報道を見ていると、日本の首相が弾丸外交ツアーをしている主旨と目的がしっかりと伝わっているようだ。
さて、いよいよローマに向けて出発する岸田首相。
この外交ツアーの中でヨーロッパでは、ローマとロンドンだけに立ち寄ることになっている。ローマの後は、ロンドンに向かい英国ボリス・ジョンソン首相に会うという弾丸スケジュールであるが、そもそもなぜイタリアを訪問するのか。
まず、イタリア側の岸田首相を紹介する説明では、
「日本の岸田文雄首相は、首相になる前は、日本の歴史上最長の外相だった。日本の首相の訪問は、ウクライナの状況を含む国際情勢やそれぞれの二国間関係など、さまざまな問題について議論をするためのものである。日本、そしてその他のG7諸国がロシアのウクライナ侵攻に関して、ロシアには強硬な姿勢を示し、あらゆる制裁を課す中、ASEAN加盟国のほとんどが、これまでロシアに対するそのような行動に従事することをやめているが、岸田首相はそういったASEAN加盟国に協力を求め説得を続けている。」などと、日本の首相の訪問目的などが紹介された。
イタリアは最近、親欧・大西洋主義の精神が強まっており、特に日本政府の対ロシア制裁などは必然的にポジティブなイメージを与える要素となり大変高く評価されている。訪問中、岸田首相は「自由で開かれたインド太平洋」の創設を視野に入れ、各国との協力をさらに強化するために努力するつもりであると述べている。
イタリアも「インド太平洋地域における協力に関するEU戦略」でのイタリアの貢献に関する文書でも繰り返し述べているが、イタリアは自由で開かれたインド太平洋のアイデアを支持しており、産業協力と安全保障について日本と話し合うことができることは大変意義のあることであると見ている。
岸田首相がヨーロッパにおける外交の舞台として訪問先にイタリアを選んだ理由として、イタリア側メディアの考察によると、ドイツ・ショルツ首相によってされた宣言に要約されているというが、それは何かというと、ショルツ首相は就任してすぐ、東京からの脱グローバル化を宣言し、また、保護貿易主義についても語ったからだという。
日本との関係における安全保障の側面よりも、商業的側面へ向けたドイツが示しているものは、「よりスマートなグローバリゼーション」への道というもので、西側が自治区にあまり依存しないようにサプライチェーンを再設計することができるという。
ドイツのこの注目点は、イタリアにとっても同じことだろうと思われがちだが、そこは違うとイタリアメディアは言う。
イタリアに必要なのは「異なるグローバリゼーションであり、よりインテリジェントなグローバリゼーション」である。その点で日本の指針はイタリアと合点がいく。
昨今目まぐるしく変わる国際情勢、Covid-19のパンデミックとウクライナでの戦争、1世紀が経過したようにも感じる。
しかし、ほんの3年が経過しただけである。その間のマリオ・ドラギ氏が率いるイタリアの外交運動を見ても、米バイデン首相の立場にますます一致してきており、これもまるで1世紀が経過したような変化である。ドラギ首相は5月10日にワシントンへ出発し、バイデン首相との会談が予定されている。その出発の少し前に、ドラギ首相は日本の岸田首相を迎える。
これは、イタリアにとっては些細なことではない。
| 日本の岸田首相がイタリアに到着。その訪問の意義
ウクライナ戦争、イタリアはますます米国と一致団結することを決めた。そこで、日本の岸田首相がイタリア・ドラギ首相の元へやってくる。
イタリアの大手メディアは、イタリアの外交帆布としては、アメリカだけでなく、極東の中国から日本へとシフトされるような大事な会談となることを意味していると紹介し、ロシアのウクライナ侵攻後の制裁だけでなく、とりわけアメリカと国防総省のアジア太平洋戦略においても重要な役割を果たしている国が日本であるという説明で、岸田首相のイタリア訪問の意義と重要性を伝えた。
伝統的に慎重の上にも慎重を期する用心深いことでも知られている日本。この過去2年間で、また非常に声高でそれが断定的になったとイタリアは言う。
そして、日本と中国という極東の2大巨塔間での問題にも触れ注目をした。
何よりも、日本の国家安全保障に対する潜在的な脅威を表している大きくて厄介な隣人である中国に対して日本は批判的であり、尖閣諸島(中国ではディアオユと呼ばれる)の領有権主張と台湾海峡(最初の日本列島に隣接し、日本政府による国家安全保障の赤い線と見なされている)の緊張の高まりなど、日中の二国間に緊張が走る場面は多々ある。
そこへきて、ロシアのウクライナ侵攻、戦争。日本のとった立場を改めて振り返ってみたとき、
イタリアのメディアは、日本のことを「ハイパー・アクティビズム(超積極行動主義)」と呼ぶようになった。
米国との防衛問題で常に緊密な協力を維持しつつ、同時に中国との深遠な商業協力を行ってきた日本は、香港や新疆地区の人権侵害の問題には臆病な方針を採用しているが、中国に対して懸念を表明するなど、かなり踏み込んだ前例のない批判をしたと、岸田首相についてを高く評価をしている。
そして、日本はロシアのウクライナ侵攻についても同様に断固として抗議をしたり、国際社会と連携してロシアに対する制裁を徹底している点などを取り上げ、日本は、西側の制裁に固執しただけでなく、アジアの中立国に紛争について明確な立場をとるよう説得することを目的とした大外交運動の主人公にもなりつつあるとも評されている。
イタリアにおける日本との議題は、
「米国にとって、日本は中国よりも優れている」という点を確認することである。
日本の首相が掲げるヨーロッパへの外交ツアーの公式議題は、「キーウへの人道援助の問題と、ウクライナ避難民にホスピタリティを提供するためのさまざまな国の調整に取り組むこと」を計画しているだろうと。
しかし、イタリアでは、もっと多くの話があることは予見できるとも言われており、イタリアと日本の間の協力はすでに深いが、改善の余地、伸び代は非常に大きいとの見方がされている。
日本はイタリアにインド太平洋戦略の準備を依頼してくるだろう。
これは、フランス、ドイツ、オランダ、英国などの他のヨーロッパの関係者がすでに取っているステップである。
安全保障の問題に加えて、貿易と技術の問題もある。また、ますます重要になる半導体セクターについても、イタリアがサプライチェーンを強化するために動いていることもあり、それについての対話があるのではないかとも予測されている。
ローマでの首脳会談を終えた後は、岸田首相はロンドンに発ち、ボリス・ジョンソン首相と会談をする。
イギリスは、ブレグジットだけでなく、ウクライナでの戦争と中国の主張に照らして国際関係を再調整している。そんなイギリスへ訪問する日本の目的についてもイタリアのメディアは考察をしている。
日本は、東欧での紛争は、商業的ではなく軍事的観点からインド太平洋に少し目を向けることによって、ロンドンに短中期的にグローバル英国戦略を見直すように促す可能性があると見ている。
|これまでのイタリアと中国の「一帯一路」の関係性とは
イタリアはその昔、ヨーロッパ大西洋の位置付けに疑問を呈し、中国との協力に大きな関心を持っていた。その昔と言っても、1世紀前のように感じられるがほんの3年前のことである。
イタリアの政権を握っていたのは、ジュゼッペ・コンテ率いる極右と極左の2つのポピュリスト政党による連立政権、通称ジャッロヴェルデ(黄緑色)政府だった。その極右と極右の紙一重合体政権のイタリアは、2019年3月23日、中国との「一帯一路」に協力する覚書を交わした。
なお、現在コンテ氏は、イタリア首相を退任した後、左派ポピュリスト政党・五つ星運動の党首をしている。
この「一帯一路」覚書からわずか3年後、もはや習近平主席とイタリアの新首相であるドラギ首相との電話会談でさえ話されることはなく、2019年の合意について全く言及されなかった。
関連記事:ニューズウィーク日本版 「一帯一路」参加でイタリアは中国の港になってしまうのか
2022年1月、イタリアで大統領選が行われ、同月29日に、セルジョ・マッタレッラ大統領がイタリア共和国大統領に再選された。
それからほぼ1週間遅れの2月4日に中国の習近平主席は、再選を祝福する電話をかけてきた。
中国の公式通信社の新華社通信によると、
「習近平はチャイナ式外交の典型的な定義であるいわゆる『ウィンウィン』の二国間協力を発展させることが非常に重要であると強調した。中国とイタリアの関係の深い基盤と世論の確固たる基盤、そして国際社会の相互尊重の例である確固たる利益の絆を強調した。中国とイタリアの外交関係樹立50周年のお祝いを想起した。」
などと、大変満足気に報道していた。
しかし、これまで媚中派の代表格であったイタリアはすっかり変わった。中国と距離を置いているのは明らかであった。
ドラギ首相は、「違いを認識しつつ距離を保ちながら共通点を探す」や「具体的な行動については慎重に検討する」と冷淡な言葉を述べ、かなりの温度差があった。
イタリアに完全に愛想を尽かされ、フラれたと感じた中国が次にしたことと言えば、自作自演ボット軍団を使っての滑稽なプロパガンダを繰り広げたのだ。
ソーシャルデータインテリジェンス分析によると、3月11日から23日の間にハッシュタグ#forzaCinaeItalia(がんばれ中国イタリア)でTwitterに投稿されたツイート約半分46.3%はボットによって生成された、中国側が作ったプロパガンダだった。また、ハッシュタグ#grazieCina (ありがとう中国)が付いているものも3分の1以上である37.1%はボットによるもので、いわゆる自動アカウントによって作成された。
標準をはるかに超える「リツイート」と「いいね」がつけらたが、もちろんこれも自作自演、自画自賛の中国のプロパガンダだった。これらは同期間に中国の外交活動に十分な反響をもたらしていたが、中国の必死なプロパガンダも通用せず完全に無駄に終わったようだ。
| 4月、中国政府がセルビア共和国に防空ミサイルシステムを輸出した。
米国は中国の動きに強い疑念を抱いている。ロシアへの武器供給の可能性。国防総省は、中国がロシアに爆弾と大型車を配達することを除外している。習近平は米国とヨーロッパのパートナーとの直接の対立を避けたいと考えているが、弾薬やスペアパーツを送る可能性がある。https://t.co/ZwlTiYWWyJ
-- ヴィズマーラ恵子 (@vismoglie) March 30, 2022
米国政府はここ数週間、中国に向け、セルビアに金融パートナーシップやミサイルの販売をやめるよう説得していた。この種の武器売買は合法であってもEUとの友好関係を破壊すると中国に警告をしている。
NATOの2カ国(トルコとブルガリア)の空域を飛行した中国空軍の6機のY-20軍用輸送機。このY-20によって運ばれたのは、HQ-22地対空ミサイルである。
セルビアが中国に注文したHQ-22地対空ミサイルは防空用の地上ベースの兵器システムで、飛行機、航空機、ヘリコプター、ドローン、弾道ミサイル、巡航ミサイルに対し撃墜するために設計された武器である。輸出バージョンはFK-3と呼ばれ、ロシアのS-300と非常によく似たシステムだが航続距離は短い。170キロメートルの範囲で、27キロメートルの高度までのターゲットを攻撃することができるものだ。
欧州諸国は、中国から武器の供給はされておらず、セルビアは別のケースであるということも考慮に入れる必要がある。
中国は武器に人工知能を統合することに成功しており、現時点では世界で最も先進的で意欲的な武器メーカーであるのが中国だと言われている。ここ数十年で、世界のほぼすべての国は、防御的な意味合いでの軍事費を増加させ、軍事力を増強している。アメリカ、トルコ、ドイツがその先頭に立っているわけだが、セルビアも中国から提供された武器を利用して軍隊を強化している国であり、さらに、セルビアは常にロシアの友であり同盟国であるということを忘れてはいけない。
中国の外交部報道官は、
セルビアへの防空システム輸出は「協力計画に基づくもの」であり通常の輸出であり、第三国(ロシア)に向けたものではなく、現在のウクライナ情勢にはまったく関係ない」
と述べた。それが事実であったとしても、西側はこのロシア・中国・セルビアの三者同盟に懸念と疑いを持って見ている。
セルビアは、歴史的にロシアとの強いつながりがあり、宗教的および政治的にも類似性がある。特にガスと石油の供給に関して、ロシアに依存しており、経済的におんぶに抱っこでロシアから支えられているというのが現実である。
4月3日、旧ユーゴスラビア構成国であるセルビアで大統領選の投票が行われた。そして、選挙の結果、ロシアに融和的なブチッチ大統領が再選された。ロシアとのズブズブな関係は継続されている。クレムリンは、セルビアの指導者の説得力のある勝利を称賛し、プーチンはブチッチ大統領の"独立した外交政策"を称賛したと付け加えた。
セルビアは、ウクライナに対するロシアの侵略を非難する国連決議に賛成票を投じたが、モスクワに対する国際的制裁を支持しないことを決定した国である。
そんなロシアを常に支持してきたセルビアに武器を送った中国は軽薄な国であると定義づけ、ヨーロッパ地域の平和をおびやかす国であると考えられている。
著者プロフィール
- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie