オーストラリアの診察室から
オーストラリアのMedicareリフォーム
先日、オーストラリアの国民健康保険の改正案が発表されました。オーストラリアではケガをしたり、病気になると、緊急の場合以外はまずGP(家庭医)にいくのが普通です。GPは赤ちゃんからお年寄りまで診察し、いろいろな疾患に対応します。もし、より専門的な治療が必用な場合は、患者はGPから紹介状をもらいその分野の専門医を受診します。
最近GPを目指す医師の数が減っています。オーストラリアではどの科の専門医になるにもトレーニングプログラムに入り、試験をパスする必要があります。日本と違い各科毎の人数も決まっています。GPも専門医資格が必用です。しかしここ数年GPの専門トレーニングプログラムは定員割れを起こしています。これには様々な理由がありますが、主な原因は他の科と比べて収入が低いことです。オーストラリアの国民健康保険であるMedicareではクリニックなどの外来の場合は診療にかかった時間やどういった治療をうけたかで診療報酬が計算されます。英語ではFee for serviceといわれ日本とほぼ同様の方式ですが、大きな違いはオーストラリアでは政府が定める保険診報酬より多く診療費を請求することができることです。GPの保険診療報酬がここ数年ほとんど上がっていないため、規定された診療報酬より多い額を請求するGP増えてきました。物価上昇、特に土地代の値上がりで、診療費を上げないと運営を続けられないクリニックが増えています。
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診療費が保険診療報酬より高くなると患者の自己負担額が増えます。GPやクリニックの側からすれば診療費を上げる以外方法は無いのですが、自己負担額が高くなるとGPを受診できない人もでてきます。またGPの数が減っているため、すぐにGPを受診できない事態も増えています。都心部ではそれでも2,3日の場合が多いですが、地方や田舎だと2週間も予約ができないことがあります。
GP学会やオーストラリア医師会はGPの保険診報酬を上げれば、患者の自己負担額は減り、GPに興味を持つ医師も増えるだろうと政府に訴えてきました。しかし今回発表された計画では患者が理学療法士、看護師や薬剤師といったコメディカルをGPの代わりに受診するという提案になっています。いままでオーストラリアではGPが医療のゲートキーパー的な役割を果たしていましたが、政府はコメディカルにゲートキーパーの役割をしてもらうことにより医療へのアクセスを改善しようと考えてるようです。
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オーストラリア政府は現在のMedicare のfee for serviceの他に、Bundle paymentという一定のまとまった額を患者が使えるようにし、理学療法士などを国民健康保険で受診できるように計画しているようです。いままでも患者は理学療法士などをGPを通さず直接受診することはできましたが、その費用は全額自己負担かプライベートの保険を使うのみでした。また州によっては薬局で薬剤師から医師の処方箋がなくても購入できる薬を増やそうともしています。患者は薬を早く手に入れられるかもしれませんが、薬剤師と医師では資格を取得するための教育内容がかなり違いますし、その後のトレーニングも異なります。また現在は医師と薬剤師による2重のチェック体制になっていますが、それがなくなることで起こる問題を危惧する医師もいます。
国民健康保険で理学療法士などを受診できるように改正するのには良い面もありますが、その財源は無限ではないので、コメディカルに予算が流れると、GPの保険診報酬の増加はますます望めなくなりそうです。これによりGPの数はより減っていく可能性があります。イギリスなどのいくつかの国では特別な訓練をうけたナースプラクティショナーと呼ばれる特定の看護師をGPの代わりに使う場合があるようですが、根本的な問題解決になるかは不透明です。オーストラリアでは医師もそうですが、看護師や薬剤師の数も不足している地域もあるので、新しい問題を引き起こすかもしれません。
国民全員が納得するような保険システムはなかなかありませんが、この国の保険システムがより多くの人にとって良い方向に変わっていくとことを期待します。
参考
https://www.theguardian.com/australia-news/2023/jan/25/medicare-taskforce-urged-to-let-patients-see-nurses-physiotherapists-or-counsellors-instead-of-gps?utm_term=Autofeed&CMP=twt_b-gdnnews&utm_medium=Social&utm_source=Twitter#Echobox=1674613087
著者プロフィール
- 高尾康端
日本、スイス、シンガポール、アメリカで育ち、2004年からオーストラリアに移住。シドニー大学医学部を卒業。現在は東ブリスベンエリアHawthorne Clinicにて家庭医 (GP)として勤務。家庭医の観点からみる病気についての情報、また母国である日本と移住地オーストラリアの医療システムの違いや、オーストラリアで病気になった時に役立つ情報を発信している。
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