パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです
日本のマイナンバーカードとフランスのIDカード・社会サービスの情報システム
なかなか浸透してこなかった日本の「マイナンバーカード」が健康保険証や免許証と一体化するという方向に進むということで注目を集めていますが、これまで日本には国民が持つ身分証明書というものがなかったということは、逆に、不思議なことでもあるように思います。私もこれまで、日本で本人確認のための書類を求められた場合、どういうわけか、日本国内ではパスポートは本人確認のためには通用しない場合も多く(パスポートが身分証明書にならないのはとても不思議)、日本に保険証のない私は日本の運転免許証を提示してきました。
今年の春から仕事のために日本に行った娘が住民票を申請する際に、区役所でマイナンバー登録を求められ、強要されたわけではありませんでしたが、これまでフランスで育ってきた娘にとってIDカードにあたるマイナンバーに登録することに抵抗はなかったような気がします。むしろ、私の方が、私が日本に住んでいた頃にはなかった「マイナンバー」ってどんなものなのだろうか?と思ったくらいでした。
フランスのIDカード(Carte Nationale Identité CNI)
フランスでは、私は外国人という立場なので、いわゆる普通のフランス国民が持っているIDカード(Carte Nationale Identité CNI)というものとは違い、私が持っているのは、いわゆる滞在許可証のビザのカード(Titre de Séjour)というものですが、それを総称して、IDカード(Cartes d'Identité)と呼んでいて、一般的に自分の身元確認、身分証明を求められた場合には、このIDカードを提示するようになっています。
外国人が長期でフランスに滞在する場合は、このカードがないと生活できませんが、フランス国民に対して、このIDカードを持つことは法的に義務付けられているわけではなく、「ただし、本人確認が行われる場合、身分証明書(IDカード)が提示できないと手続きに時間がかかります」とされています。しかし、現実的にフランス人でこのIDカードを持っていないという人の話は聞いたことはなく、かなりの割合でこのカードは皆が当然のように持っているものと思われます。このカードの申請・発行は無料で行われていますが(有効期限は15年)、カードを紛失した場合の再発行の際にのみ、25ユーロがかかります。このIDカードで、フランス国民はEU圏内をパスポートなしで移動できるので、イギリスがEUを離脱した時には、イギリスに行くのにパスポートが必要になる・・などと、話題に上がったりもしました。パスポート申請には、お金がかかりますから、EU圏内を自由に行き来できるIDカードはフランス人にとっては、EU圏内での無料パスポートの役割も果たしているのです。
普通に生活していれば、そんなに身分証明書の提示を求められることもありませんが、そこは治安の悪いパリのこと、職務質問にあったりしている人はこのカードの提示を求められているようですし、ついこの間、メトロの駅でキセル乗車のチェックをしているRATP(パリ交通公団)の職員にチケットを持っていなかった乗客がこのカードの提示を求められているのをみかけたばかりです。
要は、フランスのIDカードの場合は、身分証明書そのもので、氏名や性別、生年月日、住所、身長などが記載されており、外国人用の場合はそれに国籍などが加わっています。ICチップが埋め込まれているので、その中には他の情報も入っているのでしょうが(例えば、カード申請の際には指紋をとられています)、リーダーがないとチップの内容は見ることができません。
健康保険のカードや税金のナンバー等、他の情報管理
フランスの場合はIDカードは、身分証明書として、独立したものであり、その他の健康保険用のカードなどは、別のカードで管理されていて、健康保険に関して言えば、カートヴィタル(Carte Vitale)(これもICチップ入り)と呼ばれるこのカードが保険証代わりになっていて、どこの医者や薬局に行っても、必ずこのカードの提示を求められ、保険手続きなども自動で行われ、自動的に保険でカバーする分は自分の口座に振り込まれます。
また、診療を受けた経歴や投薬履歴が蓄積されているため、その個人個人に適応した無料健診や無料ワクチン接種などの通知が届き、またこれらの情報は、国の医療研究機関でも利用されている可能性もあります。つい最近には、これらの情報を自分でも医者や薬局などでも共有をできる新しいサービス「MON ESPACE SANTE」(モン・エスパス・サンテ)なるサイトができて、任意でこのサービスに加入することができるようになりました。私も念の為にこのサイトに登録しましたが、表示される情報は、登録後の情報に関してのみということで、自分でも見ることができるこのサイトには、登録した時点では過去の履歴は表示されていませんでした。とはいえ、健康保険が個人個人の情報を把握していることは確実なので、むしろ、過去の履歴が見られないことの方が残念な気がしました。
また、税金の申告等に関するナンバーですが、私がフランスに来たばかりの頃は、季節が来ると紙の書類が税務署から送られてきて、それに記入して税務署に提出するというもので、提出期限ぎりぎりの夜には、フランス人の夫に「これがフランスだ!社会勉強だよ!」などと言われて、期限ギリギリの夜中の税務署に行ったことがありましたが、なるほど、夜中とは思えない人出でびっくりした覚えがあります。
しかし、こんな風景も今ではなくなり、カードは存在しませんが、2014年から申告はオンラインで可能になり、自分の税金ナンバー(No.fiscal)で自分のアカウントにアクセスでき、税金の申告もできるようになり、これまでの履歴なども把握できるようになっています。手書きすることもなく、郵送することもなく、なにしろ、人出を介さない分だけ、ミスも少なく、早く済み、申告した時点で、概算された税金の金額が自動的に表示されるので、本当に便利になりました。
それぞれのカードやナンバーの紐付け
フランスでは、現在のところ、日本がやろうとしている「マイナンバーカード」のように、それぞれの機関やサービスは一本化してはいません。私個人のIDカードのナンバーも健康保険のナンバーも税金のナンバーもすべて、全く違うナンバーでそれぞれに存在しています。例えば、税金の書類などに関してもIDナンバーなどは表示されてはいません。全てオンラインになっていて、それぞれの独立したサイトがあり、それぞれにパスワードを設定し、ログインする際には、その度にパスワードを入力しないとアクセスできない上に、アクセスした場合は、別途、「あなたのサイトにアクセスがありました」という通知が入ります。自分に身の覚えがないアクセスの通知があった場合は、通告するとサイトはすぐにブロックされ、セキュリティーは一応、保たれているようです。
一番、気になる税金関係の書類については、実際には、自己申告する前から、税務署側からすでに、自分の収入や銀行の定期預金の利息の分までが記載されているものをチェックするだけで済むようになっているのは、大変、楽といえば、楽なのですが、それらの情報を申告前からすでに税務署が全て把握しているということには、当然といえば、当然なのですが、ギョッとさせられないでもありません。しかも、私のように大した資産もないのに、全て税務署が把握しているということに、「さすが、税務署だけはちゃんと働いているフランス・・」と思ってしまうのですが、むしろ、後ろめたいことがあるわけでもなし、政府が国内の個人資産を把握していることは、当然と言えば当然です。最近は、テロ対策もあって、銀行のお金の動きに関しては、非常に厳しくなりました。
しかし、全てがオンライン化されているおかげで、パンデミックのロックダウンの際やインフレ補助手当てなどの政府からの補助金も何の申請もなしに、自動的に速やかに入金されたりもしたので、有難いシステムだと思っています。政府が情報を管理しているために、補助金なども収入ごとに金額が違うので、必要な人にだけ無駄なく、しかも速やかに行き渡るようになっています。
私個人のそれぞれの情報がどう紐づけられているのかはわかりませんが、フランス政府がかなりの情報を把握していることは、間違いありません。最初のロックダウンの際には、政府から私の携帯宛てに「ロックダウンの通知メッセージ」がSMSで届き、何で私の携帯ナンバー知ってるの?とちょっとびっくりしたこともありますが、あれはまさに緊急事態、後にも先にも、あの時限りのことです。個人情報については、セキュリティーの面で心配もありますが、現時点であまり問題に感じたことはなく、これらがオンライン化されたり、IT化されることで、何より多くの手続きが楽になり、迅速に、スムーズになったメリットの方が大きいような気がします。とかくお役所の人を介すとろくなことがないフランスで、まったくトラブルがなくなったとも言えませんが、劇的に進化した気がしています。
日本のマイナンバーカードに登録した娘の感想
IDカードを持つのがあたりまえの生活をしていた娘にとって、日本のマイナンバーに登録することは、さほど抵抗はなかったものの、まず、住民票にマイナンバー入りのものと、マイナンバー抜きのものがあることに首を傾げていました。区役所の人に尋ねても、「住民票が必要なその場面場面で、マイナンバーが必要な場合と入っていてはいけない場合がある」ということで、意味がわかりませんでした。このような不明瞭な位置付けこそが、国民の不安を煽るのではないかとも感じました。
しかし、ちゃっかりしている娘のこと、保険証と連携させたりすることで、7,500円分のポイントがもらえたとか、相変わらず、日本に行ってもガッチリしています。世代的にも彼女にとって、すべてをパソコンや携帯で操りながら利用して生活することには何の抵抗もないのですが、保険証の情報を管理するマイナポータルというアプリは別にダウンロードするもので、また、これが必要な情報に到達するまでには、次々とサイトを飛んでいかなければならない・・と不満気の様子でした。しかし、実際には、彼女は現段階では、これを利用したことはないそうで、ついこの間、コロナに感染したのに・・マイナポータルではなく、保険証のコピーを送るように言われたとか・・まだまだ、実際に利用できるようにはなっていないようです。
彼女は現在、日本で働いているため、健康保険も社会保険ですが、この保険ナンバー等も個人ではなく会社に帰属しているために、日本が終身雇用前提の制度の作り方をしていると彼女なりの見解を述べていましたが、このマイナポータルになると、保険証の変更手続きもスムーズになるということなので、少しずつ前進していくのかもしれません。
また、彼女曰く、「日本のシステムは全ての人が善人であることを前提にできている」という厳しいご指摘。まずはトラブル、悪用されることを前提にしてシステムを作っているフランスとは、IT文化的にも異なるものなのかもしれません。
しかし、いずれにせよ、ITでは遥かに遅れをとっていると言われている日本がここぞとばかりにようやく動き出したことは、たとえ、途中でトラブルが起こったにせよ、何も変わらず、ずっと昔のやり方を通しているよりは、ずっとマシなのではないか?と私は思っています。フランスは、ここ20年くらいの間に、大した反対も起こらずに、いつのまにか、これらのことが進化していました。国を動かしているトップの人々が若くて、この時代の変化に順応してきた人々で柔軟に波に乗れてこれたのかもしれません。
これまで、アナログだった日本にとって、マイナンバーカードを保険証や免許証などと一本化するということなど、いきなりハードルが高いような気もしますが、逆に考えれば、これまでの遅れを一気に取り戻すチャンスでもあるかもしれません。「マイナンバーは義務ではないと言いながら、健康保険証と一体化するとは何事か!」「これでは事実上の義務化ではないか?」という騒ぎに、マクロン大統領がワクチンパスポート(ヘルスパス)を発表した時のことを思い出しました。あの時は、夏のバカンス前のタイミングで、「ワクチン接種(または検査)をしないと外食もできず、長距離移動もできない!」「これは、事実上のワクチン義務化ではないか?」と大騒ぎになりました。
しかし、結果的にあのワクチンパスポートで、フランスのワクチン接種率は劇的に上昇し、過ぎてみれば、世論調査によると、多くの人が「あの決断は正しかった」と評価しています。
日本のマイナンバーカードには、不安もないわけではありませんが、私はまず、このネーミングがいかにも個人個人に番号をつけた個人情報を管理するマイナスイメージになってしまったのではないかとも思っています。また、マイナンバーに限ったことではありませんが、何に関しても、説明の仕方が上手くない、説得力がないところをもどかしく思います。
新しいシステムに移行していくのに抵抗はつきものではありますが、このままでいいはずはない日本。今の時点で不自由はしていないのに、なぜリスクを冒してまでやらなければならないのか?という気持ちもわからないではありませんが、フランスでは、この20年くらいの間に、義務化云々以前に、それがないと生活しにくいように、いつのまにか変化していて、実際に使ってみれば、いろいろなことが、以前に比べると格段に、楽に効率的に運ぶようになりました。最近、日本では、さまざまな場面において、失われた20年とか30年とか言われることが多い気がしていますが、まさにこの社会サービスにおける情報システムもこの一つではないか?と思っています。
著者プロフィール
- RIKAママ
フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。
ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」
Twitter:@OoieR