パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです
フランスが揺らいでいる理由 ムーディーズ格付け引き下げ
パリ・オリンピックを華々しく開催し、つい先日は2019年の悲劇的な大火災によりその門を閉じていたノートルダム大聖堂の工事が一段落して5年という歳月を経て一般公開を再開し、フランスは、その晴れやかな部分ばかりがアピールされてきました。
しかし、フランスの実情は、大赤字を抱えた火の車状態で今年に入ってからは、再度にわたり、政府が入れ替わるという大変な混乱状態です。直近では、バルニエ首相がこの大赤字を削減するために、来年の予算では、この赤字をGDPの5%以下に抑えるために600億ユーロの赤字是正を掲げ、緊縮財政の金メダル政府などと揶揄され、この赤字削減の3分の2の400億ユーロを公的歳出削減、3分の1の200億ユーロを増税で賄うとし、増税に関しては、環境汚染を引き起こす交通機関、航空券などに課せられる連帯税の増税や、高額所得者や超優良企業への増税であり、一般的な所得税の増税ではないことを強調していました。しかし、公的歳出削減に関しては、大幅な公務員の削減案、そして、今回、首相解任の引き金をひいた国民健康保険の個人負担額を30%から40%に引き上げるという案などを発表していました。
この社会保険料に関しての案が、国民議会の大反発を呼んだ結果、首相は、禁じ手である憲法49条3項(首相の権限において採決をとらずに法案を採択する方法)を発令してこれを突破しようとしたところ、国会では、首相に対して問責動議が提出され、フランスにおいても歴史的といわれる約60年ぶりの首相解任劇となったのです。
そもそもの発端は欧州議会選挙から
そもそも、在任期間3ヶ月といわれる史上最短命のバルニエ政権の誕生も、今年の春頃に行われた欧州議会選挙の結果に納得いかなかったマクロン大統領が突如、国民議会解散を宣言し、当時の政権が解散することになり、再選挙が行われた結果、マクロン大統領にとっては、選挙前よりもさらに不利な結果になるという事態を招き、マクロン政権はさらに厳しい状況下におかれ、首相任命もオリンピックなどを理由にして、なんと任命までに2ヶ月近くを要し、その2ヶ月間は、解散する予定の内閣が暫定的な任務を続けるという異常事態が続いていました。そして、ようやく任命されたバルニエ首相がなんと3ヶ月ほどで問責動議が可決して辞任、内閣解散となりました。
その劇的な首相退陣劇に、マクロン大統領は、すぐに国民に向けて遺憾の意を示しつつも、「我々はオリンピックも成功させ、近々、ノートルダム大聖堂も再開する!不可能と言われることを可能にしてきたではないか!」とフランスの国力をアピールし、数日内には新首相を任命すると宣言していました。しかし、それが1週間に延び、そして1週間経ったところで、あと48時間以内には・・というところまで、追いつめられていました。そもそもマクロン大統領自身が行き詰っているのは、明白で、マクロンの率いる党派は過半数どころか、第一党でさえもなくなり、2ヶ月もかけて任命した首相が否定されてしまったのですから、人選は容易ではありません。
マクロン大統領が悩みに悩んで選んだ新首相は、中道派のフランソワ・バイルー氏73歳、マクロン大統領が2017年に大統領選に出馬した時に、後押ししてくれた人物ではありますが、その後、彼は政治の世界では、別の方向を歩んできているよく言えば、経験豊富な人物でもあります。
いずれにせよ、マクロン大統領の世間からの信頼度は、2017年の大統領就任以来、史上最低の水準にまで低下しています。
フランスはなぜこんなにも赤字を抱えてしまったのか?
そもそもの問題は、フランスが抱えている大赤字で、この数年間でパンデミックやウクライナ戦争によるインフレやイスラエル問題など、様々な外的要因があったことが、この赤字の原因に加算されているのは、明らかではありますが、それは、他の先進国にしても同じことで、それではなぜ?フランスでこの赤字がこれほどまでに膨大に膨れ上がってしまったのか?と私はずっと疑問に思っていました。
先日、シラク大統領政権下で首相を務めていたドミニック・ドゥ・ビルパン氏がインタビューで今回の政治危機について、討論する番組でこれを説明していて、それが妙に納得できたので、ここで紹介しておきたいと思います。
彼が言うには、「今回の問題は、マクロニズムの崩壊の断片であり、フランスの政治が変わっていかなければいけない、言い換えれば、今回の危機を乗り越えられなければ、マクロン大統領には、もう後はないだろう・・」と語っています。
「マクロン大統領は、フランスの技術革新を信じ、新興国家としてのフランス、フランスを近代化していくことを目指し、野心を持ってこれを推し進めてきました。しかし、予算を度外視していたために、目覚めるとフランスは巨額の赤字を抱えていたというのが事実で、今日のフランスはこれにもう耐えられなくなったのです。しかし、マクロン大統領は、この期に及んでも、決してあきらめてはいない。これまでは周囲を自分の陣営で固め、彼は、政治的スペクトルにおいて、自分に適合する者を選び続け、自分に適合しない者は切り捨て続けることによって、全てを自分が取り仕切ろうとしてきたが、今やそれが叶わなくなった。欧州議会選挙の結果、彼が突然の国民議会解散を宣言して世間を驚愕させたのは、自分の過ちから教訓を学び得ず、彼は選挙によって全てを取り戻せる・・あるいは、少しでも多くを取り戻せると自分の勝利を信じ続けて賭け続けるギャンブル依存症のようなもので、今回のバルニエ政権崩壊に関しても未だ彼は間違っているのは国民であると言わんばかりの演説をしている」、「マクロニズムは政治ゲームを支配しようとする押しつけがましいものになった・・」と痛烈に解説しています。
そう言われてみれば、マクロン大統領が海外に外交に出かけて、やたらと諸外国との共同技術革新の取り決めなどを行っていたりすることなども、思い出されます。そういえば、今年5月に岸田首相が来仏した際に「日本はこのイベントで注目を集める国になるだろう!」と熱く語っていた「Viva Technology」というパリで行われるようになったイベントなども思い浮かびます。これは、世界の偉大なビジネスリーダー、新興企業、投資家、研究者、思想家をパリに集めたビジネス改革、スタートアップの成長のためのイノベーションのヨーロッパナンバー1のイベントで、毎年、行われるようになったこのイベントは、マクロン大統領の大統領就任期間とほぼ丸かぶりしています。私もちょっとのぞいてみようかと思って調べたことがあったのですが、あまりに入場料が高価で断念した覚えがあります。
また、近代化を目指す、新興国家を目指すという意味では、歴史上のタブーとされてきた内容を取り上げる場面なども含まれていた、あの物議を醸したパリオリンピックの開会式の催し、また、歴史的建築物の専門家たちがこぞって反対していたにもかかわらず、ノートルダム大聖堂のステンドグラスを近代的なデザインのものに強引に差し替えた問題など、思い起こせば枚挙にいとまがありません。
実際の詳細な国家予算の使い道は、一般市民には、わかりづらくもあり、ピンと来ないところもあるのですが、マクロン大統領が目指すフランスの技術革新や近代化は、一般市民が社会保障費を削られてまで行ってほしいものかどうかは、甚だ疑問でもあります。
ドミニック・ドゥ・ビルパン氏は、「このような技術革新や近代化はもっと時間をかけて行うもので、急激に変え得るものではない」と語っています。たしかに私がフランスに来た当初、20年くらい前は、「ほんと、フランスってずっと変わらないんだろうな・・」と思っていたことが急激に変化し始めました。良い面もあれば、そこまで必要かな?と思うこともあります。IT化が進んだことは良いことのひとつですが、どこへ行っても、どこかが必ず工事中です。公共交通機関、メトロなどもずいぶん新しい路線が増えました。
マクロン大統領も1期目は、燃料税の増税に端を発した黄色いベスト運動などの国民からの激しい反発もありましたが、概ね好調で、彼の周囲を囲む大臣の面々は積極的にテレビのインタビュー番組などに登場して、民衆を巻き込んでいくような力強さがありました。しかし、2期目に入ってからは、以前の彼の勢いはすっかり陰りを見せ始め、特に今年の欧州議会選挙以降のマクロン大統領の求心力は急速に低下しています。何より、この後の国民議会選挙のために内閣が解散した後の大臣たちが揚々として、その地位を去っていく様子は異様でさえもありました。今から考えれば、特に財務相であったブルーノ・ル・メール氏がしばらく政治の世界からは退き、若者と未来を語り合うために大学で教鞭をとると言って、きっぱりと清々しく辞任していった様子は、膨大な赤字とマクロン大統領の板挟みになる状況から、距離を置きたかったのであろうと思うと大いに納得のいくところです。
マクロン大統領が今回の首相任命をどのように決定したのかは、わかりませんが、もうあまり選択肢がなかった中、2017年の彼の政権発足時の共同発起人であったフランソワ・バイルー氏はその後の政治的な彼の足跡を見ても、もはやマクロニズムを行く者ではありません。
フランソワ・バイルー氏は首相就任後のインタビューにおいて、ミッテラン大統領就任の際に発した言葉を引用して、「やれやれ、トラブルが始まった・・」と答えています。彼が言うこのトラブルとは、もちろん、その多くは予算案についてのことであるとも思われますが、マクロン大統領と国会とのバランスの問題でもあると思います。彼は、首相就任の挨拶において、「何も隠さず、何も無視せず、何も脇に置くことなく、数十年にわたって受け継がれてきた状況に臆することなく、目を見開いて立ち向かう」と約束し、「国民と権力との間に存在するガラスの壁」を非難しています。彼自身は、フランス国民と和解することを生涯夢見てきた人物で、彼が必ずしもマクロン大統領の意に沿うように動くとは限りません。しかし、彼がマクロン政権発足当時の共同創始者でもあることから、彼ならマクロニズムを改革できる可能性もあり得ないではないとも言われています。
しかし、そんな彼の首相就任も、すぐに野党からは批判の声が大きく上がっています。
とはいえ、マクロン大統領には、これが最後のチャンスとも言われています。欧州議会選挙、国民議会選挙、そしてバルニエ政権不信任と3回も続いた彼の失敗も、4回目となれば、もう許されず、国民の怒りの矛先は直接、大統領に向かいます。
ドミニック・ドゥ・ビルパン氏は、今回のフランスの政治的危機はフランソワ・バイルー新首相がどこまでマクロニズムを改変できるかにかかっていると語っています。これは、容易ではないことは誰の目から見ても、明らかで、新首相就任直後、格付け会社ムーディーズはフランスの財政が今後、数年間で大幅に悪化するとの見通しを示し、フランスの長期信用格付けを「Aa2」から「Aa3」に引き下げています。フランスはこの内閣再編のゴタゴタのために、年内には、来年の予算案が採択できず、とりあえずの特別法を施行して、来年の予算が定まらないまま、暫定的な予算で新年を迎えることになったのです。
著者プロフィール
- RIKAママ
フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。
ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」
Twitter:@OoieR