パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです
フランス大統領選挙を終えて現在のフランスの立ち位置を考える
これまでフランスに20年以上も住んでいて、今回の大統領選挙ほど行方が気になったことはありませんでした。これまでは、外国籍としてフランスに住んでいる私には当然のごとく選挙権もなく、自分が住んでいる国とはいえ、どこか傍観者的要素があったことも否めません。
しかし、パンデミックに続いて、ロシアからの侵攻によるウクライナでの戦争など、この世界情勢が目まぐるしく変化する中、たとえ外国人で選挙権がないとはいえ、現在、自分が生活している国の選挙は決して他人事ではなく、また、今回の戦争を見るにつけ、大統領というものの権限が国全体どころか、世界を大きく変えてしまうことに、あらためて脅威を感じてもいるのです。ましてや戦争となれば、外国人として他国に生活する身としては、なかなか不安定なものです。
あっという間に感じた今回のフランスの大統領選挙
今回のフランスの大統領選挙は、4月10日に第一次選挙で12名の候補者が競い、その結果をもって、2週間後に上位2名の候補者が再度、対決するという通例どおりの方法で行われました。奇しくも今回の最終候補の2人は5年前と同じ現大統領のエマニュエル・マクロン氏と極右のマリン・ルペン氏の対決になりました。
今回の選挙は、2月に始まってしまったウクライナでの戦争によって、大きく予定が狂い、一歩間違えれば、第三次世界大戦にもなりかねない緊迫した局面と重なり、大統領選挙への立候補も公示締切直前に、しかも書面で発表するという異例の事態になっていました。現職のマクロン大統領が立候補することは、もはや公然の事実ではありましたが、12月から1月にかけて、フランスは、コロナウィルス感染者が爆発的に増加したこともあり、マクロン大統領は2月に入って感染が少しおさまった時点で、立候補を表明し、候補者としてのテレビのインタビュー番組への出演や彼に対する批判の多い地域への遊説行脚を計画していました。彼の計画はウクライナ戦争勃発のために頓挫し、戦争への対応に追われる毎日になりました。マクロン大統領はフランスの大統領としてだけでなく、EUの議長国としても、毎日のようにロシアのプーチン大統領やウクライナのゼレンスキー大統領をはじめとする世界各国の首脳との電話会談などが続き、フランスは積極的にウクライナを支援する姿勢を示し、また、陸続きの国であることなどからも、核戦争に発展した場合にはと、ヨウ素剤の手配なども始めるという緊迫感に満ちていました。
しかし、通常ならば、大統領選挙の報道一色になっているはずの報道も戦争一色に変わり、選挙関連の報道も極端に減り、代わりにマクロン大統領の活躍ぶりばかりが報道されるという皮肉な結果となり、他の候補者が選挙活動をしても、戦争の話題を避けては通れず、戦争に対する発言を重ねてはいたものの、実際にその禍中の人々と毎日のように連絡をとりながら、解決策を模索しているマクロン大統領の発言とは、重みも違います。一時、世論調査では、ギリギリのタイミングで立候補を表明したマクロン大統領が圧倒的に優位であると報じられていました。
それでも、4月に入って、第一回目の投票が終わり、2名の候補者に絞られて、大統領選挙を目前に迫ってきてからは、いつもどおりの候補者同士の討論会が長時間にわたって行われたりして、盛り上がりを見せ始め、世論調査も、より頻繁に発表されるようになり、戦争も長引きそうな様相を見せ始めてからは、戦争のためにどんどん上昇する物価やインフレ対策、また本来の役割どおりに機能していないNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)などへの参加のあり方などを問いかけ、ルペン氏も前回の反省を踏まえてソフト路線にシフトチェンジしながら、かなりの追い上げを見せ、選挙結果はふたを開けてみなければわからないと言われてきました。
異例のフランス大統領選挙に対しての周囲の国々からの声明発表
今回のフランス大統領選挙は、ウクライナ戦争の禍中ということもあり、フランスだけではなく、EUとしての結束をなんとしても揺るがしてはならないという意味で、単にフランスだけでの問題ではありませんでした。投票日が差し迫って、ドイツ・スペイン・ポルトガルの首相がル・モンド(フランス紙)に、「フランスが直面している大統領の選択は、フランスと欧州全体にとって極めて重要なものであり、欧州全体の共通の価値を守ることができる指導者が必要である」「欧州の平和の最も基本的なルールを破り、力による国境線の引き直しを行わせないために、ヨーロッパ全体の連帯が必要な時です。この戦争はフランスと私たちの国々が守る価値観、すなわち民主主義、主権、自由、法の支配の秩序を揺るがすものです」「極右の政治家は、現在はロシアから距離を置こうとしているような姿勢を見せてはいても、彼らの基本的な姿勢はプーチンを思想的・政治的モデルとしており、彼の民族主義的主張に共鳴する部分を持っていることを忘れてはなりません」(以下略)という、名前さえ出さないものの、マクロン氏を全面的に応援する声明を発表しました。
通常ならば、他国の大統領の選挙に対して口を挟むなどの内政干渉は、国際問題に発展しかねない大変なことです。それでもなお、そのリスクを冒してまでも黙っていられなかった隣国の気持ちは察するにあまりあるものがあります。ウクライナのゼレンスキー大統領もフランスのテレビの報道番組のインタビューで、「フランスの大統領はどちらを望みますか?」というかなりダイレクトな質問に対して「マクロン大統領との関係を失いたくない」と答えていました。
しかし、徹底してマクロン大統領を嫌う低所得者層やフランス国民の弱い部分を救う政策を全面に打ち出していたマリン・ルペン氏の追い上げは前回の選挙以上のものでもありました。
投票結果の発表と在仏邦人の安堵
フランスの大統領選挙は国民投票で、当日、朝8時に開始され、19時(場所によっては20時)に投票が締め切られました。その日、1日は、出口調査のようなものは発表されることはなく、夜20時に結果が一斉に全局で報道されました。結果が発表される数時間前から、マクロン大統領の支持者はエッフェル塔近くのシャン・ド・マルス広場に用意されている巨大スクリーンと舞台を見守り、結果発表とともに大歓声が上がりました。国民が政治をこれだけ盛り立てていく光景というものを日本人の私はちょっと羨ましいような気もしながら見つめていました。
結果はマクロン氏58.55%、ルペン氏 41.45%で、マクロン氏の勝利に終わりました。家でテレビを見ていた私も正直、ホッとしましたが、前回に比べると棄権が28.01%という記録的な多さということや、前回の選挙では、マクロン氏66.10%、ルペン氏 33.90%だったことからも、ルペン氏の追い上げは今後、少なからず見逃せないところでもあります。
私自身も多少は気になっていたものの、多くの在仏邦人にとって、ルペン氏=移民政策=フランスにいられなくなるかもしれない・・という不安があったようで、マクロン大統領当選の発表を受けて、「これであと5年はフランスにいられる・・」というツイートがかなり多く見られたことに、在外邦人の不安定さをあらためて、思い知らされる気がしたのでした。
ルペン氏だけでなく、極右である政治家には、移民政策を強化する方針を打ち出している人も少なくなく、年々増加するテロなどによる治安の悪化、安全対策や失業者対策に対して移民を排除しようとする呼びかけがなされており、一時、過激な発言で注目されていた大統領候補の一人でもあったエリック・ゼムール氏などは、その移民対策に対して日本をモデルとして取り上げるような発言をしてびっくりしたこともありました。
彼は、「移民を安易に受け入れない日本は、失業率も低く、貿易黒字でもあり、犯罪も少ない国でもある」「生産性も高く、ロボット化も進んでいる」「これは、日本という国が移民という安易な方法で解決してこなかったからだ!」などと、妙なところで、日本が引き合いに出されて、そのうえ、ピント外れなところもあって絶句したこともありました。
フランスはすでに移民云々というよりも、純粋なフランス人を探す方が難しいくらいの国で、ある程度、厳しくすることはあり得るとしても、INSEE (Institute national de statistique et des études économiques ) のレポートによると2019年にフランスに住んでいた移民は670万人で、全人口の9.9%を占めています。そのうちの37%がフランスに帰化し、250万人の移民が国籍を取得している状態で、もはや日本とは別次元の話です。
しかし、もともと愛国心の強いフランス人や意外と周囲の国以外の外国を知らない人も多いフランス人にとっては、フランスの悪い部分を外国人の移民に責任転嫁しようとする方向に流されやすい部分があることも無視はできません。実際に宗教的、歴史的な背景も手伝い、テロなどの問題が起こっていることも無視はできません。実際に、ビザの更新はもともと面倒でややこしい上に、年々、難しくなっているのも現実です。
当選したとはいえ、決してマクロン大統領は安泰ではない
とにもかくにも、マクロン大統領は再選を果たし、2期連続のフランスの大統領として、5月14日に正式に就任することが決まりました。2017年のマクロン大統領就任以来、黄色いベスト運動、テロ、パンデミック、そして戦争と困難続きの5年間でしたが、今後、さらに5年間はマクロン政権が続くわけです。
私としては、この現在の戦争が一日も早く終わってくれることを願っていますし、ロシア(というよりプーチン)の侵略により、民主主義、そして法の支配を根本から覆すようなやり方がまかり通る世界にはなってほしくないと切に思っています。そのためには、EUが世界の民主主義国が一致団結してもらうためにも、マクロン大統領には一層、頑張って欲しいと思っています。
しかし、マクロン氏が当選したとはいえ、フランス国内では、マクロン大統領が絶体的に支持されているわけでもありません。投票結果から、以前よりもルペン氏を支持する者が増えたことも明らかな上に、どちらも支持しない棄権した人々が28%以上もおり、その上、マクロン氏に投票した人でさえも、「ルペン氏を阻止するためにマクロン氏に投票した」という人が42%もいたことは、決して、今後のマクロン大統領の政権が決して安泰ではないことを示しています。
分裂したフランスを一つにするという公約を反映して、選挙後最初の訪問先にパリ郊外のセルジュ・ポワントワーズという低所得者層が住む地域を選び、マクロン大統領が再選勝利後初めて公の場に姿を現した際、野次馬からトマトを投げつけられるという事件が起こっています。日頃から「金持ち優先」とマクロン大統領を嫌う層が多い地域を選んだということもありますが、最初からこんなハプニングとは・・。マクロン大統領の警護部隊は迅速に行動し、「発射体!発射体!」と叫び、手でマクロン大統領の頭を覆い、黒い傘で彼を保護しましたが、マクロン大統領は動揺することなく、「ノー!ノー!ノー!ケンカはだめだ!」と落ち着いていました。さすがマクロン氏、嫌われることにも慣れています。
彼はこの訪問で、「都市部であれ地方であれ、最も貧しい地域には、真の意味で効果的な機会均等のための条件を整える必要がある」と述べています。今のところ、トマトで済んでいますが、これがさらに大きな暴動になりかねない火種は燻っているのです。
一方、大統領選挙に敗北したルペン氏は、敗北を成功として受け流すことを躊躇せず、「我々が代表する思想は新たな高みに到達している」と、堂々と宣言し、「数百万の同胞が国家陣営と変化を選択した」と述べ、「マクロン氏は、第五共和制の大統領として最も悪い選挙で選ばれた人物だ。彼は棄権、空白、無効票の海に浮かんでいる」と声明を発表しています。
フランスの大統領は2期以上は継続できないことになっており、マクロン大統領はあと5年後の大統領選挙には出馬することはできません。5年後、フランスの状況、そして世界の状況がどうなっているかは全くわかりませんが、今後5年間とともに、さらに5年先の状況はさらに不透明です。
しかし、またその先の10年後には、再びマクロン氏には出馬する権利が生じてきます。現在のマクロン大統領は44歳、10年先でもまだ、54歳です。それを考えると、若いってスゴいな・・とつくづく思うのです。
著者プロフィール
- RIKAママ
フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。
ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」
Twitter:@OoieR