シアトル発 マインドフルネス・ライフ
インポスター現象とは?アメリカに蔓延する「自分はフェイク」という感覚
「僕は大学ではいつもトップクラスだったが、会社では自分の実力の無さに打ちひしがれた」
「いつか、自分の無能さが上司に知られるんじゃないかと、ビクビクしてるよ」
「分からない箇所があるけど、怖くて誰にも聞けずに作業が止まってるんだ」
こうしたセリフが、世界でもトップクラスの優秀なビジネスパーソンやエンジニアの口から、驚くほど頻繁に出てくる。彼らの多くは、上司や同僚から高い評価を受けているにもかかわらず、「自分は仕事ができないダメな奴」とひそかに思い悩んでいるのだ。
自分は偽物という、どうしても拭えない不安感
数々の業績を上げていても、自分のことを著しく低く評価してしまうという心理現象を「インポスター現象」と呼ぶ。成功しても達成感を感じるどころか、その逆に自分は周囲を騙して成功を手に入れたペテン師だと感じてしまうのだ。「インポスター」とは、「詐欺師」や「偽物」という意味で、自分が賢いと思わせるために人々をだましているという感覚が、アメリカのエリート層の間で蔓延している。
インポスター現象は、臨床心理学者のポーリン・クランス博士とスザンヌ・アイムス博士により提唱された概念であり、1978年に発表された論文「高業績の女性におけるインポスター現象:その動態と治療的介入」で最初に紹介された。なお、インポスター現象は、アメリカの精神障害の診断基準「DSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)」や世界的な疾病の診断基準「ICD-11(国際疾病分類第11版)」などで正式に認められた精神障害ではない。したがって、クライアントの引用として治療記録に記すことはあるが、診断名として正式な診断書に書くことはない。「ハイリー・センシティブ・パーソン」(HSP:外部刺激に対する反応や感受性が極めて高い人)や「カサンドラ症候群」(共感能力のない人と生活をするうちに陥る孤独感や絶望感、抑うつ状態を指す)と同じような、精神障害ではないがある特徴的な精神状態を示す用語だ。この記事では、一般的に定着している「インポスター症候群」ではなく、提唱者のクランスとアイムスに従い「インポスター現象」と記すことにする。
臨床心理学者ポーリン・クランス博士の著書『インポスター現象: 成功を妨げる恐怖を克服する』
クランスとアイムスによる前述の論文では、社会的に成功した人の多くが自分の能力を信じることができず、自分の無能さがいつかバレてしまうのではないかと恐れていると報告されたが、彼らの150人以上のクライアントのほとんどは社会的に成功した白人女性であった。そのため、インポスター現象はとくに女性に多いと考えられていたが、最近の研究では、男性にも同様に認められるということが分かって来た。男性の場合は、不安感や自信の無さを表現することは心の弱さの表れだという思い込みが強く、インポスター現象を隠す傾向にある。男女ともに実に7割もの人がインポスター現象を生涯に一度は経験するとされている。
インポスター現象という用語が紹介されてから最初の20年ほどは、一般大衆に広く認知されるまでにはいたらなかった。しかし、2000年代に入り、新聞やウェブ媒体のニュース記事などで紹介されるようになり、2010年代から現在にかけて、特にソーシャルメディアの普及により一般的な知名度を得た。
オハイオ州立大学教育学教授のスティーブン・ストーン・サバリ氏とその同僚による2023年の論文「インポスター現象研究の進化のマッピング: 計量書誌分析」によると、1978年に最初の論文が発表されてから最初の35年間は、年間でわずか約2.5件しかインポスター現象に関する論文は出版されていない。インポスター現象に関する論文の実に約8割は、ここ10年以内に出版されたものだ。また、その約半数に当たる約47%は、2020~22年の2年間で出版されているので、ここ4~5年で急速に認知度が高まったことが伺える。「Googleトレンド」で、より認知度のある「インポスター症候群」で調べてみると、2020年あたりから急激に検索件数が増加している。
(引用)Googleトレンド・キーワード「インポスター症候群」
インポスター現象の5つのタイプ
インポスター現象には、以下の5つのタイプがある。
1) 完璧主義者:いついかなる時も完璧でなければいけない。1つでもミスを犯したら自分はダメな人間と思ってしまう。自他ともに厳しく、完璧でないと気が済まないので極限までストレスを溜め込んでしまう傾向がある。
2) ヒーロー:自分は人の何倍も努力する必要がある。何もしていない時には焦燥感や罪悪感を感じる。人からの賞賛を求め続け、褒められたくて人一倍頑張り、ワーカホリックになる傾向がある。
3) 生まれつきの天才:人より優れた才能を持っていると思い込む。誰よりも素早く的確に物事を理解しなければいけない。自分ですべてを理解するのが当たり前なのでメンターは必要ない。小さな失敗に過剰に落ち込み、難しい課題を避ける傾向がある。
4) 独演者:人と話すと自分の無能さがバレると思い込んで恐れている。チームプレイは本当の実力を知られることになるので避ける。誰にも助けを求めることができず、自分を追い詰める傾向にある。
5) エキスパート:経験や知識が足りないと思い込み学び続ける。学んでも学んでもまだ足りない。評価されるたびに自分はペテン師だと強い罪悪感を感じ、昇進話も「自分には無理」と辞退する。研修を受け続けても自分に満足できず、セミナージプシーになる傾向がある。
これらの5つのタイプは、インポスター現象に陥っている人の特徴的な思考パターンを示しているものであり、大抵は複数のタイプの特徴を併せ持っている。とくに多いのは「完璧主義者」であり、完璧を求めて長時間働き、自分を追い詰めていく傾向がある。
インポスター現象チェックリスト
あなたもインポスター現象に陥っているかもしれないと思った場合、以下のチェックリストで当てはまる項目があるだろうか。当てはまる項目が多ければ多いほど、インポスター現象に陥っている可能性が高い。
著者プロフィール
- 長野弘子
米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在ワシントン州の大手IT企業本社の常駐セラピストを務める。
ウェブサイト:http://www.lifefulcounseling.com
連載記事:https://soysource.net/category/colmun/children_teen_kokoro/