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シアトル発 マインドフルネス・ライフ

長野弘子|アメリカ

アメリカ人の3人に1人が自然災害の被害者に ~ なぜライフスタイルを変えられない?

シアトルで記録的な暑さとなった熱波を報道する地元テレビ局『King 5 News』(https://www.king5.com/)

 一体、何が起こっているのか?ーーーこの夏、シアトルっ子のすべてが感じた疑問だろう。私もその例外ではない。生まれて初めて、夏の暑さで命の危険を感じるという体験をして、迫り来る気候変動によるニューノーマルを身を持って感じたのだ。

  

本当にシアトルなのか?

 「熱波が来るらしい」と友人からテキストが来たとき、私の最初の反応は「なーに、シアトルの暑さなんて、日本に比べたらどうってことないレベルだ」というものだった。なにしろ、シアトルの気候は夏でも比較的涼しく、1年で最も暑い日でも平均最高気温は約26度なのだ。30度を超えることは滅多にない。ここ数年は暑さが増しているものの、日本暮らしで暑さに慣れている私には楽勝だと考えていた。

 しかし、この考えは大間違いだった。熱波が襲った初日の6月26日、気温は華氏101度(摂氏約38度)まで上がり記録的な暑さとなった。なにしろ、シアトルのほとんどの家にはクーラーがなく、我が家も例外ではない。すべての窓を閉め切ってカーテンを下ろして日光を遮っても、ヘアドライヤーのような熱風が家の中に入り込んできて、文字通りサウナのような蒸し風呂状態になった。

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(引用) 地元のテレビ局では、記録的な暑さに注意喚起を行い、熱中症対策を呼びかけた(King 5 Newsより)

 夜中も気温は下がらず2日目はさらに気温が上がり、頭はぼーっとして思考がうまくまとまらない。3日目の28日には、気温は108度(摂氏約42度)にまで上がり、1870年以来151年間観測をつづけてきたなか最高気温を更新親子ともに気力も体力も無くぐったりとし、水風呂に何度も入ってやり過ごす状態。飼っていた猫も挙動不審な行動を取り始め、突然横にパタっと倒れてだらーっと平べったく伸びて動かなくなった。慌ててアイスパッドで体を冷やしてあげたところ、しばらくして元気になったが、ヒヤッとした一瞬だった。

 翌日もこの熱波が続くようならホテルか避難所へ行こうと思っていたら、夕方からだんだん気温が落ち始め、夜になってようやくシアトルの涼風が戻ってきた。「助かった!」と親子で胸を撫で下ろしたのを鮮明に覚えている。

 

今夏、3人に1人が自然災害の被害者に

 地元ラジオ局「KUOW」の報道によると、カナダとアメリカの北西沿岸部のほぼ全域を襲ったこの熱波で、実に合計800人近くの死者が出たという。この「生命を脅かす」記録的な暑さの犠牲者は人間だけではなく、貝やヤドカリなどの浜辺の生き物もまた、なんと10億匹以上がバーベキュー状態になり死んだ報道された。

 

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(引用) 『ナショナルオブザーバー』紙によると、 北米北西部一帯の浜辺で貝やヤドカリなどの生き物の10億匹以上が今回の熱波で焼け死んだという。

 各地で異常気象が相次いでおり、ここ数年だけでも振り返ってみると、カリフォルニア州の山火事で実家を焼失した人、オレゴンの山火事で避難を強いられた人、シアトルの暴風雨で自宅が床下浸水した人など、自然災害の被害を受けた友人や知り合いが大勢いる。ワシントンポスト紙の報道によると、今夏にハリケーン、山火事、集中豪雨や洪水などの自然災害の被害を受けたアメリカ人は、実に3人に1人にのぼるという。私たち家族を含めたシアトル住民も、これに含まれる。

 国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は今年8月、最新報告書を8年ぶりに発表し、地球温暖化は前例のないほど危機的な状況にあり、その原因は「疑いなく人間の活動」であると、初めて断定した。

 報告書によると、温室効果ガスの排出量が削減されなければ、地球の平均気温は20年以内に1.5度上昇し、熱波や山火事、台風や洪水、干ばつといった自然災害がさらに猛威をふるい、100年に1度起こるほどの大規模な水害が、今世紀末までには毎年のように発生するという。

 

支持政党や人種で大きく異なる環境意識

 しかし、これほど連日のように異常気象や海洋汚染などの環境問題がメディアで取り沙汰されているにもかかわらず、一般的なアメリカ人の環境意識はそれほど高くない。紙皿やプラスチック製品、ペーパータオルなどの使い捨て製品を大量に使い、食料品も大量に破棄するのが当たり前。アメリカ人は毎日1人あたり約2.04キロのゴミを出しており日本人の2倍のゴミを出しているという。ゴミ出しの日に溢れかえる大きなゴミ箱を見ていると、実感としてアメリカ人は2倍どころか日本人の3~4倍はゴミを出しているような気がするのは私だけだろうか。

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(引用) Pixabay.com

 また、米ニューズウィーク紙の2019年9月17日付けの記事によると、気候変動に否定的な人の割合は、調査をした28カ国中でアメリカが一番高かったという。アメリカ人の9%は気候変動はあるものの、それは人類の影響によるものではないと回答し、6%の人が気候変動は起こっていないと回答したという。

 さらに、アメリカでは気候変動はきわめて政治的な問題なのである。米シンクタンクのピュー研究所が2020年3月に行った調査によると、気候変動を「大きな脅威」と考えている人の割合は、民主党支持者は9割近い88%にのぼり、その一方で共和党支持者は31%にとどまるという結果が出た。また、気候変動を国の最優先課題にすべきと答えた人の割合は、民主党支持者では78%にのぼり、共和党支持者では21%にすぎなかった。

 

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(引用) アメリカ民主党のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員は公聴会で、環境問題は支持政党の問題ではなく、アメリカ人すべての問題と訴える(Newsweek誌より)

 人種によっても意見は大きく異なっており、イェール大学の調査によると、気候変動を危惧していると回答した人の割合は、ヒスパニック/ラティーノでは7割近い69%に達し、黒人では57%、白人はもっとも低い49%にとどまった。また、気候変動を懐疑的に見る人の割合は白人が27%ともっとも高く、次に黒人の12%、ヒスパニック/ラティーノが11%という数字になった。アメリカでは、政治的にリベラル、人種的にマイノリティの層がより気候変動への関心や危機感をもっていることが浮かび上がってくる。

 

気候変動に否定的な人の心理とは?

 気候変動に否定的で、ライフスタイルを変えられない人の心理状態はどうなっているのだろうか。環境問題を心理学の観点から分析する心理学者、ルネ・ラーツマン博士は、彼女のTEDトークでこの問題を「耐性領域(Window of Tolerance)」と呼ばれる概念から分析している。

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(引用) 気候変動に否定的な人の心理を分析するルネ・ラーツマン博士(『TEDトーク』より)

 耐性領域とは、ストレスやプレッシャーに十分に落ち着いて対応できる精神的な領域のことを指す。個人によってこの最適な精神状態を保つことのできる範囲は異なっており、ストレスが耐性領域を超えてしまうと、パニックモードになるか、その逆のフリーズ(凍りつき)モードになってしまう。

 パニックモードのとき、人は強い怒りや焦燥感を感じたり、躍起になって相手を攻撃したり、物事を否定したり考えることを避けたりする。またその逆のフリーズモードのときには、無力感に陥り呆然としたり、落ち込んで自分を責めたり、感覚が麻痺して何も感じないようになる。どちらにしても、落ち着いて物事に対応できる精神状態ではなくなってしまう。

 気候変動という問題は、真剣に考えれば考えるほど、1人の力ではどうしようもない大きすぎる問題だということに気づくので、耐性領域の外に出やすい問題とも言える。パニックモードもフリーズモードも、本能にもとづく自己防衛反応であるが、これらのモードにいる時は脳が「理性」ではなく「感情」にハイジャックされているので、落ち着いて問題に対応することができなくなる。結果、問題を悪化させてしまったり、解決を先延ばしにしてしまうという結果になる。

 

アメリカに求められる謙虚な姿勢

 大量生産・大量消費のライフスタイルは居心地が良く、自分がゴミを大量に出し地球を汚している張本人だと認めるのが嫌なので、気候変動を認めたくないという心理は誰にでもあるだろう。環境に負担をかけてはいるが、この便利な生活を変えたくないので、結論ありきで都合のよい情報のみを無意識に選ぶという「確証バイアス」が働いているのだ。

 私もそうだった。しかし、今回の熱波で自分が痛い目に遭ってから、改めて真剣に自分のライフスタイルを考え直す必要があることを実感した。

 地球の歴史を24時間にたとえると、人類が登場するのは1日が終わろうとする最後の1秒未満だという。長い地球の歴史のなかで、私たち人類は一瞬のうちに地球環境を急激に悪化させた。「人類は地球のがん細胞」とはよく言ったものだが、何とかこの状況を変えるためには、どうすればいいのだろうか?

 前述のラーツマン博士は解決策として、自分でできるレベルにまで問題を分割し、自分の耐性領域を超えない範囲の小さなことから始めることを提案している。プラスチック製品や使い捨て製品を減らす、掃除には合成洗剤を使わず重曹やお酢などを活用する、車のカープール(相乗り)をする、食べる肉の量を減らす、芝生の代わりに自生植物や木を植える、ゴミ拾いをするなど、無理なくできることから少しずつ始めていくことで、塵も積もれば山となり、大きな変化へとつながっていくだろう。

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(引用) Pixabay

 西洋文明は、自然とは脅威であり、それをコントロールする必要があるという思想のともに自然科学を発達させてきたが、日本を含む東洋文明はもともと自然と共生する思想が根底にあり、自然の猛威に対してもさまざまな工夫を凝らして適応してきた。私たちは地球に住まわせてもらっている種の1つにすぎないと謙虚になったとき、できるだけ環境を変えないようなライフスタイルを人類として探る方向へ動き出せるのではないだろうか。

 ミクロな視点では西洋文明の得意とする個人の行動にフォーカスしながらも、自然との共生をはかるという東洋的なマクロな視点に立つことで、「Think globally, act locally(グローバルに考えローカルに行動せよ)」を実行する社会が少しでも実現できればいいと願う。

 

Profile

著者プロフィール
長野弘子

米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院でカウンセリング心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える人々にセラピーを提供している。悩みを抱えている人、生きづらさを感じている人はお気軽にご相談を。


ウェブサイト:http://www.lifefulcounseling.com

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