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シアトル発 マインドフルネス・ライフ

長野弘子|アメリカ

インポスター現象とは?アメリカに蔓延する「自分はフェイク」という感覚

十分な教育水準があり周囲から高評価を受けているのに、自己評価の低さを拭えない。

自分の実力不足が上司や同僚にバレるのではないかと恐れている。

重要な仕事に抜擢されても、自分はそこにふさわしくないと感じる。

他人からのほめ言葉や賞賛は単なるお世辞で、本心ではないと思う。

少しでもミスや不完全さがあると、自分を厳しく責める。

自分にはまだまだ専門知識が足りないと感じる。

失敗を恐れて過剰に準備をしたり、逆に挑戦を避けることがよくある。

今の地位にたどり着いたのは、才能ではなく運のおかげだと思う。

周りが皆優秀な人間に見え、自分は他人と比べて劣っていると感じる。

自分は成功に値する人間ではないと思う。

さて、あなたはどのくらい当てはまったであろうか。4つ以上該当したら、インポスター現象に陥っている可能性が高いので、後述の「インポスター現象を克服するためにできる5つのこと」を試してみるといいだろう。

 

インポスター現象に陥りやすい人の特徴

インポスター現象に陥りやすい人の特徴としては、2つの特定のタイプの親から育てられたことが分かっている。まず1つ目は、兄弟や親戚の子どもと比較して欠点を指摘する否定的な親。子どもは、「今の自分じゃダメ」、「いい成績を取らないと価値がない」と思い込み、頑張って勉強する。しかし、欠点や問題にフォーカスする思考回路になっているため、良い成績を取っても、満足感は一瞬で消え、次の目標へと駆り立てられる感覚がある。「次は何をしなければいけないか」と考え続けるため、精神的に疲労困憊してしまう。

2つ目はその真逆で、成績や容姿などすべての面において子どもが優れていると褒め、大きな期待をする親だ。子どもは親の期待を裏切ってはいけないと強いプレッシャーを感じる。無理をして勉強もお稽古事も頑張るのだが、心は空虚感を感じており、「本当の自分は無能だが、それがバレたら終わりだ」という思いを募らせていく。失敗が自己価値に直結するように感じ、ちょっとしたミスで過度に落ち込んだり、恐れから行動できなくなる。

どちらのケースも、人間の価値は成績や容姿、能力で決まるという親の価値観に縛られている状況だ。

また最近では、成績を重視していない親から育てられても、マイノリティの立場にいる人はインポスター現象に陥りやすいことが分かっている。黒人やアジア人、女性など大学や会社で少数派の立場にいる人は、発言しても賛同者が少なかったり構造的な差別や障壁から、自分はほかの人の数倍頑張らなければいけないという感覚を強めてしまうのだ。

残念ながら、有色人種に関する新しい研究のほとんどは、これまでほとんど取り上げられて来なかった。ミシガン大学の心理学教授ケビン・コクリー氏とその同僚により、2024年7月に発表された論文「人種的/民族的に少数派集団におけるインポスター現象: 現在の知識と将来の方向性」によると、有色人種が経験するインポスター現象においては、その背景にある人種差別や社会的偏見の影響を考慮する必要性があると述べられている。具体的には、差別や偏見、ステレオタイプなどの外的要因が、マイノリティ個人の自己認識や自己評価に影響を及ぼし、インポスター現象に陥りやすくなる傾向があると指摘している。

従来、インポスター現象は個人の内面的な問題とされてきたが、コクリー氏はこれを社会的・構造的な問題として捉え直している。有色人種は、職場や教育機関において過小評価や偏見、差別に直面することが多く、これが自己疑念や不安感を助長し、インポスター現象の感情を強める要因となっているのだ。したがって、個人の内面的な対処法だけでなく、組織や社会全体での包括的な取り組みが必要とされる。

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(引用)pixabay

  

インポスター現象を克服するためにできる5つのこと

自分がインポスター現象に陥っているかもしれないと感じたら、それを克服するためは、いくつかの具体的な対処スキルと戦略を採用する必要がある。効果的なアプローチをいくつか紹介する。 

1)自分の感情を否定せずにそのまま認める

自分がインポスター現象を経験していることを認識してまずは受け入れること。不安や恐れは誰でも感じるものであり、押し殺すことをせずに感じ切ると次第に落ち着いて来るのが分かるだろう。子どもが転んだりした時に、親が「痛いの痛いの、飛んでけ~」と言いながらさすってあげることがあるが、それが感情を認めてあげることだ。「痛くない、痛くない」と言うと、痛いと感じている自分を認めていないことになる。感情に抗わず、感じ切ることで感情を処理する、つまり体の外に出す練習が、インポスター現象を克服するための第一歩だ。瞑想、深呼吸、ヨガ、マインドフルネスのクラスを受講したり動画を観て、ストレスを管理して落ち着きを保つ努力をするのもいいだろう。

2)否定的な考えを書き換える

不安や恐れの感情を生み出す根源となる否定的な考えを見つけ出し、よりバランスのとれた新たな考え方を取り入れること。その手法には様々なものがあるが最も有名なのが「リフレーミング」だ。リフレーミングとは、視点を変えて悩みや問題を新しい枠組みから捉え直し、建設的な解決策を見つける方法である。

リフレーミングの例:

「完璧でなければ価値がない」→「完璧な人間など存在しない。不完全だからこそ人間らしく魅力的だ」

「成功しないと幸せになれない」→「成功していなくても、幸せな人は大勢いる」

「自分に自信がない」→「自信を失う時は誰にでもある。それが自分の価値や能力を定義するものではない」

「あの人は優れている。それに比べて私は、、」→「自分と他人は別。比較する相手は昨日の自分のみ」

こうした新たな考え方を取り入れることで、次第に気持ちが前向きになり、それが行動や結果に反映されていくだろう。

3)現実的な目標を設定する

インポスター現象に陥っている人の多くは、自分に過度に高い期待をしていることが多い。達成できないような目標を設定し、焦って仕事が手につかなくなったり、一度でも失敗すると自分を全否定したりする。まずは、短期の実現可能な目標を設定する。「今日中にメールの返信を3件以上終わらせる」「毎日30分、仕事に関する新しい情報を収集する」「会議で自分の意見を1回以上発言する」など目標を設定したら、自分の出した成果、友人や家族から褒められた言葉、身につけたスキルなどを記録する。これらを毎日見返し、自分を褒めて小さな成功を祝うことで、できている部分にフォーカスする習慣を身につけることができる。ちなみにクライアントの多くが読んで役に立った本が『ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣』だ。継続しやすい目標を立て、ほんの少しの変化を積み重ねることで、大きな成果を出す方法が数多く紹介されている。

4)結果を手放す

結果は重要だが、結果にこだわり過ぎると逆にプレッシャーが強くなりパフォーマンスが落ちることが多い。自分がコントロールできるのは自分の「思考・感情・行動」のみであり、結果を完全にコントロールすることはできない。したがって、結果よりも自分がどれだけ成長したかにフォーカスし、仕事を成長と学びの機会として捉えると気が楽になるだろう。逆説的に感じられるだろうが、結果にこだわる考え方を手放す方が心理的ストレスが減り、成功するイメージを描きやすい。成功イメージを描けるとさらに不安が軽減されるので、結果を出すために必要なスキルと知識を得るための行動がスムーズにできるようになる。また、パフォーマンスや改善点について、他人からの現実的なフィードバックも落ち着いて聞くことができるようになる。

5)社会との関わりを増やす

インポスター現象に陥っている人は、仕事の業績と自己価値とが固く結びついている人が多い。それを緩める方法のひとつとして、趣味やボランティア、ご近所付き合いなど仕事以外のコミュニティに積極的に関わる方法が挙げられる。信頼できる友人、同好会や趣味サークル、ボランティアなどは、業績で評価するのではなく、一緒に何かをやるということ自体を目的としている。自分の感情を安心して共有できる場所がひとつでもあれば、人は社会的につながりたいという欲求を満たし、サポートと安心感を得ることができる。

ただし、社会との関わりを増やす方法として、ソーシャルメディアに関しては、場合によっては利用を減らすように勧めている。インポスター現象に苦しんでいる人の多くは、他人が人生を楽しんでいる投稿を頻繁に見ることで、症状を悪化させてしまうことが多いからだ。意識して情報を取捨選択していかないと、「今のままの自分は不十分」と頭の中で繰り返す自己批判と比較競争の罠に陥りやすいので注意が必要だ。

インポスター現象とは何か、その種類、インポスター現象に陥りやすい人の特徴、克服するための方法について紹介した。この現象は、特定の国や文化に限らず、グローバルな問題として急速に広がっている。とくにアメリカや日本など競争の激しい社会では、成功へのプレッシャーおよび他人との比較で、インポスター現象が強まることが多い。学業や仕事で高い期待をされる環境、つまり学歴社会や企業文化が、大きな一因となっていると実感する。

さらに、生成AIの導入により、IT企業での人員整理やレイオフが増加しており、2024年2月には米国で8万4000人以上が解雇されたと言われている。高い給料をもらっていても、いつレイオフされるか分からない不安定な状況に長く置かれたら、自分の能力に疑問を呈する人も増えるだろう。人員の再編成や削減は今後もさらに続くと予測されるので、インポスター現象は個人の内面的な問題としてだけではなく、社会的・構造的な問題として捉え直していく必要があるだろう。

 
(参考文献)

The Imposter Phenomenon in High Achieving Women: Dynamics and Therapeutic Intervention By Pauline Rose Clance & Suzanne Imes

Men are suffering from a psychological phenomenon that can undermine their success, but they're too ashamed to talk about it

Mapping the evolution of the impostor phenomenon research: A bibliometric analysis

The 5 Types of Impostor Syndrome

Impostor Phenomenon in Racially/Ethnically Minoritized Groups: Current Knowledge and Future Directions

 

Profile

著者プロフィール
長野弘子

米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在ワシントン州の大手IT企業本社の常駐セラピストを務める。

ウェブサイト:http://www.lifefulcounseling.com
連載記事:https://soysource.net/category/colmun/children_teen_kokoro/

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