シアトル発 マインドフルネス・ライフ
アメリカの重い病 ~ 後を絶たない児童虐待
愛する我が子を虐待し、最悪の場合には死に至らしめる、、。日本でも虐待死のニュースが絶えず報道されるようになり、やりきれない気持ちになるが、アメリカは虐待大国と言ってもいいほど児童虐待が横行しており、2018年の児童虐待相談件数は約353万件以上、そのうち虐待が認められた人数は68万人近くにのぼる。日本では2019年に児童虐待の可能性があると通告された児童数は98,222人、保護された児童数は5,553人(警視庁調べ)であるから、人口比を合わせると日本の実に47倍もの児童が虐待されていることになる。
児童虐待には、大きくわけて身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト(育児放棄)の4種類がある。身体的虐待には、殴る、蹴る、激しく揺さぶる、息を塞ぐ、やけどを負わせる、拘束する、包丁や銃で脅すなどの行為が含まれる。
躾目的でお尻を軽く叩くなどの行為は、私の住むワシントン州でも違法ではないが、頻繁に叩いたり子どもが怯える場合には虐待とみなされる。日本人のママ達にも、アメリカでは子どもを大きな声で叱りつけたり頭を軽くでも叩いたりすると、周囲から児童相談所に通報されるリスクがあることを繰り返し伝えている。
多くの調査で、体罰は子どもの自尊心を傷つけ、親子間の信頼関係を損ねるので百害あって一利なしという結果が出ている。体罰の代わりに、効果的な躾の手法であるタイムアウトを活用することを推奨している。タイムアウトとは、問題行動があるたびに、その場から離れた場所にひとりで一定時間座らせ、落ち着かせるという、アメリカでは一般的なしつけの手法だ。
性的虐待には、性器を見せる、触ったり触らせる、強姦や性的暴行などの性的搾取行為はもちろんのこと、アダルトビデオの映像を子どもの前で観るなどの性的な刺激を与える行為も含まれる。日本では、電車の中吊り雑誌広告で童顔の女性のビキニ姿の写真などがポルノ的な表現とともに堂々と表示されている。アメリカでは、子どももいる公共の場でこうした性的なコンテンツが表示されることはまずなく、もしあれば性的虐待に該当するとして反対運動が沸き起こる可能性が高いだろう。
子どもの脳は善悪を判断する機能がまだ発達していないので、観たり聞いたりしたことを遊び半分で行い児童相談所に通報されるケースも多い。お父さんのアダルトビデオを男児がネットで盗み見て、学校でクラスメートの女児にその話をしたところ、女児が先生に言いつけて児童相談所に通報され、その男児は停学処分になったというケースもある。性的なコンテンツへの露出をできるだけ少なくするような配慮が必要だ。
性的虐待を受けた子どもは、PTSDやうつ病、摂食障害など深刻な精神障害を抱える確率が高くなる。しかも、加害者のほとんどは家族や知り合いであるため、子どもが親戚やコーチなど特定の人物を避けたがる場合は、性的虐待も念頭に入れて、何が起こっているのかを真摯に聞く姿勢が大切だ。
心理的虐待には、暴言を吐く、無視する、脅迫や恫喝をする、差別的な対応をするほか、片方の親の極端な悪口を言うなどの行為も当てはまる。直接的に子どもが暴力を受けていない場合でも、目の前で配偶者を怒鳴ったり暴力を振るったりすると、子どもは強い不安感を感じて心身に不調をきたす恐れがある。これは面前DV(ドメスティック・バイオレンス)と呼ばれ、心理的虐待に含まれる。
最後のネグレクトは、食事や衣服を与えない、長時間ほっておくなどの育児放棄や監護放棄であり、件数的には一番多い虐待だ。クライアントにも、DVにより心身に不調をきたし育児ができない状態の母親が何人もいる。悲しいが、DVの被害者であってもネグレクトとして通報しなければならない場合も多い。そこには、DV被害者が子どもを虐待し、その子どもが大人になってDV加害者になり配偶者や子どもに暴力をふるうという負の連鎖がある。
DVと虐待、支配と被支配という負の連鎖を断ち切るためには、自分や配偶者の言動が少しでも虐待に当たると感じたら、まずはやめようと決心することだ。子どもや配偶者へのイライラが募る場合は、怒りは期待の裏返し、つまりは支配欲だと認識し、相手への期待値を低くすること。どうしても抜け出せないと感じたら、友人や家族、学校や専門機関に相談してほしい。子どもには、目上の人の言動をすべて鵜呑みにせず、少しでも疑問や不安感を感じたら信頼できる大人に相談するよう教えること。
児童虐待は、その親だけの問題ではなく、むしろ彼らがここまで追い詰められた背景、自らも虐待を受けて育ってきたなどの生育環境、学校や周辺住民の不適切な対応、支援体制の不備など、様々な要因が複雑に絡み合って起きた深刻な社会問題として捉えるべきだろう。虐待で苦しむ子どもを一人でも無くすために、虐待に関する知識を周りとできるだけ多く共有し、家庭だけではなく地域全体で子どもを守るという意識を強めることが大切だ。
著者プロフィール
- 長野弘子
米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院でカウンセリング心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える人々にセラピーを提供している。悩みを抱えている人、生きづらさを感じている人はお気軽にご相談を。