スペインあれこれつまみ食い
マドリードで公共医療サービスを巡って大規模な抗議活動
スペインの首都マドリードで13日、マドリード州の公共医療システムと州政府の運営に抗議することを目的とした大規模なデモ行進が行われました。デモ隊は人員不足に困る医療関係者と、それによって必要な時に医療を受けることのできない一般市民を中心に構成されており、参加者はおよそ67万5千人にのぼったということです。この抗議運動を受けて中道右派PP党所属のイザベル・ディアス・アユソ州首相は翌日、抗議活動を行う権利そのものは認めながらも「あれは公共医療についてのデモではなく、極左が新リーダー誕生を目論んで起こしたものだろう」「左派の汚いやり方だ」と、左派がデモを巻き起こしてマドリード自治州政府の評価を落とし、政権交代を狙っていると指摘するなど、デモ隊の訴えを全く無視するかのようなコメントを残しています。
医者が足りない!
スペインでは社会保険カードを持っている人ひとりひとりに主治医が割り当てられます。日本では身体の調子が悪くなると耳鼻科や消化器内科などその症状にあった専門の病院をダイレクトに受診することが可能ですが、スペインでは公共医療サービスを受けようとするとどの様な症状であってもまず自分に割り当てられた主治医に予約を取って診てもらい、そのあとその症状に適した専門病院を紹介してもらう必要があるのです。スペインの主治医たちは様々な症状を持つ患者たちを一度全て引き受けなければならず、負担が大きいことが長い間問題となっていました。しかしそんな状況の中でマドリードでは今年3月に6000人の医療関係者の解雇が行われ、さらにこの人手不足の解決策としてアユソ州首相は人員を増やすのではなくオンラインでのバーチャル診察を取り入れることを提案し、これが医療関係者の逆鱗に触れてしまったのです。
そしてこの医者不足はもちろん患者側にも影響を与えています。国内メディアRTVEが行ったデモ参加者へのインタビューでは「主治医に取ってもらった皮膚科の予約が2023年の10月でした」「専門医を受診するためにもう1年待っています」と、スムーズに公共医療サービスを受けることのできてない不満の声が多々聞かれました。
また、このデモ行進の最前列には横断幕を持って歩く国際的なスペイン映画監督ぺドロ・アルモドバル氏の姿もありました。参加者と写真を撮りながら行進を続けたアルモドバル氏はインタビューで「パンデミックの時もそうでしたが、今は抗議活動を行わなければいけないのです。公共医療が悪化していることを一番分かっているのは彼ら(医療従事者)なのですから。これは政治だけの問題ではなく我々全員に関係していることなので、この場にいるということはとても大切なことなのです。」と今回の抗議活動参加の理由について語っています。
医療費無料の落とし穴
スペインでは公共医療の費用は全て税金で賄われているため診察を受けても支払いをする必要はありませんし、処方してもらった薬も無料同然の値段で購入することができます。しかし医療費が無料だから素晴らしい医療システムなのかといえば、そういうわけではありません。
私はマドリード州の近くのとある街に住んでいますが、ここで公共医療を受けようとするとどの様な流れになるのかを簡単に紹介したいと思います。例えば腹部に違和感を感じ公共医療を受診することにしたとしましょう。ここでは直接病院に行くのではなく、まずはアプリを使用して電話による診察を予約することになっています。電話で症状を伝え、必要があれば対面での受診の予約をその場で取ってもらうのですが、早くても次の週の予約となることは珍しくありません。そして対面による診察をしてもらい、もし胃カメラなどの専門的な検査や受診が必要となった場合はそこでさらに予約を取ってもらう必要があるのですが、その予約が数ヶ月先になってしまうことは当たり前のようにあります。そもそも最初の段階で電話による診察の予約をしても予約の時間になっても電話がかかってこない事もよくあり、いかに医療現場に余裕がないかという事はここに住んでいるだけで身に染みて実感することができるのです。日本では不調を感じればその日に受診をしてもらう事が可能ですが、スペインでは緊急の場合を除いてはその症状を抱えながら予約の日付を迎えるまでただただ待つことしかできません。公共医療とは別にプライベートの医療保健に加入し月々支払いしている人はこれほど待つ事はない様ですが、それでも日本ほどスムーズにサービスを受ける事はできないでしょう。「ヨーロッパは医療費が無料なのに、日本は国民に優しくない!」といった様な声をSNSなどでよく耳にしますが、高い税金を払っているのにも関わらず受診できるのが数ヶ月から1年以上先になってしまうくらいだったら、多少医療費を負担してでもすぐに診てもらえる日本の方がよっぽど安心できるのではないでしょうか。
今回行われた抗議活動はマドリード州の公共医療サービスの実態に対してのものでしたが、実際私が住んでいる州をはじめスペインの多くの州で同じ様な不満の声が上がっています。11月26日には南部アンダルシア州でも同様の抗議活動が行われることが予定されており、この動きはこれから全国的に広がっていく可能性は否定できないでしょう。
著者プロフィール
- 松尾彩香
2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。
Twitter: @maon_maon_maon