日本人コーヒー生産者が語るコロンビア
映画「MONOS 猿と呼ばれし者たち」傑作の裏に込められたメッセージ
第63回BFIロンドン映画祭コンペティション部門で最優秀作品賞受賞のほか、世界各国の映画祭で64部門のノミネートと30部門の受賞を果たした映画「MONOS 猿と呼ばれし者たち」が10月30日(土)シアター・イメージフォーラムで公開されました。(全国順次ロードショー)
この作品はコロンビアで半世紀以上続いた内戦をベースに描かれています。戦争がベースの映画と聞くと「敵と撃ち合いになり主人公の親友が撃たれて死亡。仲間を失った悲しみを乗り越えて最後は家族と涙の再会」みたいなストーリーが頭に浮かぶかもしれません。しかしこの映画に敵との戦闘シーンはほとんどなく、描かれているのは暴力の世界に囚われ崩れていく8人の少年少女の姿です。
世間から隔絶された山岳地帯で暮らす8人の兵士たち。ゲリラ組織の一員である彼らのコードネームは"モノス"(猿)。「組織」の指示のもと、人質であるアメリカ人女性の監視と世話を担っている。ある日、「組織」から預かった大切な乳牛を仲間の一人が誤って撃ち殺してしまったことから不穏な空気が漂い始める。ほどなくして「敵」の襲撃を受けた彼らはジャングルの奥地へ身を隠すことに。仲間の死、裏切り、人質の逃走...。極限の状況下、"モノス"の狂気が暴走しはじめる。
ー「MONOS猿と呼ばれし者たち」オフィシャルページより
なんの変哲も無い少年少女が人里離れた山の中で遊んでいるシーンから物語が始まり、中盤からは息をつく暇も無いようなスピード感でストーリーが進んでいきます。ガタガタ崩れていく8人の関係性とは対照的に、エデンの園を連想させるような美しいジャングルの映像。さらに迫ってくるかのような音響が不気味さを引き立て、あっという間に102分が過ぎてしまいます。モノスの8人の迫真の演技はどれも素晴らしいのですが、実はこの8人の中に経験豊富なプロの俳優は1人しかいません。残り7人はほぼ演技未経験で、例えばランボはバスケットボールで遊んでいるところを、ブンブンはオーディション会場近くで働いているところをスタッフにスカウトされてオーディションを受け、出演が決まったというのです。さらに劇中には川の濁流に飲まれるなど危険なシーンがいくつかありますが、スタントは一切使わず全て俳優たちが演じています。
さて、この映画を見終わった人は何を思うでしょうか。余韻を残す終わり方に先が気になる人もいるかもしれません。アレハンドロ・ランデス監督はインタビューでこの終わり方について問われ、「この映画を観た人には平和についての議論をしてほしい」と答えています。
少年少女はなぜ武器を持つのか
コロンビア最大のゲリラ軍と言われたFARCは、1万8千人の子供を軍に入隊させたと言われています。
では子供達はなぜ入隊を決めたのでしょうか。人を殺してみたかったからでしょうか。いえ、実際入隊した多くの子供達には他の理由がありました。
この映画内でMONOSを指揮するメッセンジャー役で出演している人物は実際にFARCの元メンバーで、名前はウィルソン・サラサル。彼がFARCに入隊したのは11歳の時でした。
サラサル氏がFARCに入隊したのは他の武装組織に父親を殺されたことがきっかけでした。見せしめのために細かく刻まれた父の遺体が入った黒い袋が自宅に届いた時サラサル氏は復讐を誓い、対抗組織であるFARCに入隊を志願したのです。
サラサル氏のように家族を殺害された恨みからこういったゲリラ組織に入隊する子供もいれば、「入隊すればお金がもらえて家族を養える」というFARCの誘いを信じて入隊する子供もいます。貧困や暴力の連鎖を利用したこのような勧誘行為は今も行われておりコロンビアの社会問題になっています。
少年少女が社会復帰できる社会へ
2016年コロンビア政府はゲリラ軍FARCと平和協定を結びました。FARCの元戦士たちが社会復帰できるよう様々な取り組みが行われている一方で、過去に多くの市民を誘拐・殺害し、コロンビアに大きな傷跡を残したFARCを許すことができない国民は多く、元戦士が社会に戻ってくることをどうしても応援できない人が大勢いるのが現状です。
2016年コロンビアでは『La Niña(少女)』というドラマが放送されました。主人公のベルキーは8歳の頃にゲリラに誘拐されそうになった病気がちの弟の身代わりとなってゲリラ軍に入隊します。しかし14歳の頃にコロンビア軍に捕まり、同じ境遇の元戦士たちが集まる社会復帰施設に入れられました。ゲリラ軍時代の洗脳から少しずつ解かれていったベルキーは前を向くことを決め医者になる決意をしましたが、幼少期をゲリラ軍としてジャングルで過ごしたベルキーは学校で教育を受けていませんでした。しかし八百屋で働きながら勉強を続け高卒資格を取得し、なんとか私立の医学学校に合格します。お金持ちのクラスメイトたちに過去を打ち明けることなく勉学に励んでいたベルキーですが、ある日元ゲリラ戦士だということがクラスメイトにバレてしまい校内でベルキーを追い出すべきかの投票が行われることになりました。富裕層はゲリラ軍に身代金目当てに誘拐されるなど標的になることも多く、私立大学に通うようなお金持ちは元ゲリラ戦士に対して恨みをもっていることが少なくないためベルキーは窮地に立たされますが、最終的には様々な偏見や差別、人権を侵害され続けたゲリラ軍時代のトラウマを乗り越え、周りの理解を得ていくというドラマです。
ドラマの中で印象的なシーンがありました。ベルキーを大学から追い出そうと活動している生徒たちに対して、社会復帰施設のメンバーが「そうやって社会が僕たちを拒否すると、僕たちはまた山に戻って武器を持つしか生きていく術がなくなってしまう」と訴えたのです。過去を過去として受け入れコロンビアを平和の国にするためには、国民全員が彼らを受け入れてあげなければならない。ドラマを通して国民にそんなメッセージを送っているようにも感じました。
多くの死者、行方不明者、難民、国内避難民を生み出した半世紀にわたって続いた内戦は、平和協定という名前で紙の上ではピリオドを打たれましたが、現実にはまだ多くの課題が残されています。
「自分だったら元ゲリラ軍を許すことができるか?」
ぜひMONOSを観て考えてみてください。
著者プロフィール
- 松尾彩香
コーヒー農家を営む元OL。コーヒーを栽培する一方で、コーヒー農家の貧困や後継者不足問題、コロンビアでの生活についてSNSを通じて発信。朝の一杯のコーヒーに潜む裏話から、日本ではあまり報じられないコロンビアの情勢まで幅広くお伝えします。2022年7月よりスペイン在住
Twitter: @maon_maon_maon