日本人コーヒー生産者が語るコロンビア
「麻薬王のカバ」VS コロンビア 新しい避妊薬で繁殖阻止できるか?
コロンビアでは野生のカバの大繁殖が長い間問題になっていますが、今月新たな繁殖防止策が講じられました。
麻薬王パブロ・エスコバルが自分の別荘地に動物園を作るために80年代にアフリカから輸入された4頭のカバ。パブロの死後、放置された動物園から逃げ出したカバが繁殖を続け、当初4頭だったカバは現在80頭にまで増殖。その繁殖力の強さから2030年には1400頭まで増えると言われており「手遅れになる前になんとかしなければ」と焦るコロンビア政府は、今まで様々な対策をとってきましたがどれも大きな成果は見られませんでした。
しかし今月、地元の環境保護団体コルナレがアメリカの動植物検疫所から70回分の避妊薬の寄付を得ることができ、このカバ問題についに解決の兆しが見えてきたのです。
一人の男の野望で連れてこられたカバ
生物多様性が豊かなコロンビアではありますが、カバは元々アフリカに生息する動物でありコロンビアの動物ではありません。ではなぜコロンビア国内にこんなにカバが生息しているのでしょうか。その背景には一人の男の存在がありました。
その男の名はパブロ・エスコバル。日本でも麻薬王として有名な人物です。コカインで富を築き上げたパブロは世界7位の億万長者となり、コロンビア国内の様々な地に別荘を保有していました。その中の一つが1978年に作られた「アシエンダ・ナポレス」です。2000ヘクタールという広大な土地に自分のプライベートジェットを走らせるための滑走路やガソリンスタンドまで作ってしまったパブロ。それでは物足りず1981年頃から別荘内に動物園を作るために世界各地から動物を輸入し始めます。ラクダ、シマウマ、カンガルーなどコロンビアでは生息していない動物が次々と集められ、その時に輸入されたのが雄1頭、雌3頭の合計4頭のカバでした。
80年代後半になるとパブロは政府や他の武装組織から追われる身となりアシエンダ・ナポレスを離れメデジン市内で隠れながら生活を始めましたが、1993年に治安部隊によって発見され殺害されました。その後アシエンダ・ナポレスの所有権を巡ってパブロの遺族と政府が対立しましたが、結果的に政府側が勝利。2004年からアシエンダ・ナポレスは国の所有物となったわけですが、パブロが集めた動物たちは管理が大変だという理由で国内外の動物園に寄付されることになりました。しかし。カバは飼育するために膨大な土地や餌代がかかる上に病原菌を持ち込む可能性があるとのことで引き取り先が見つからなかったのです。放っておけばいずれ絶滅するだろうと放置されたカバでしたが、アシエンダ・ナポレスはマグダレナ川沿いに位置し、天候に恵まれ草も豊富に生えていることからカバは絶滅するどころかどんどん個体数を増やし、川を渡って生息地を広げていったのです。
カバが与える影響
野生のカバの絶滅が心配されている国がある一方で、なぜコロンビアでカバが増えることはよくないとされるのか。それには様々な理由があります。
まず第一に、カバはとても凶暴で住民や家畜に危害を加える可能性があるという点です。丸っこいフォルムで大人しそうに見えるカバですが、実は哺乳類の中でも最も凶暴な動物の一つと言われているほど危険な動物なのです。噛む力はサメを超え、時速40kmのスピードで走ることができ、アフリカでは年間500人がカバに襲われ命を落としていると言われています。コロンビアではマグダレナ川沿いの村に続々とカバが生息域を広げており、2020年5月には農民がカバに襲われ重傷を負い国内で初めてのカバによる負傷者が出てしまいました。
更にカバがマグダレナ川に生息することによって、環境にも悪影響を与えることが危惧されています。
カバは縄張り意識が強く、縄張り内に生息する他の生き物をどんどん襲っていきます。マグダレナ川にはマナティも住んでいますが、もしマナティがカバに出会ってしまったらマナティに勝ち目はないでしょう。そしてカバの糞尿は水質を悪化させ、彼らの重さで川や海底の形をどんどん変化させてしまいます。
本来野生のカバが生息するアフリカでは時に干ばつが起きるなどして個体数の減少がおきますが、マグダレナ川沿いは水も草も年中豊富なので、カバにとっては繁殖をするには申し分のない天国とも言える様な場所なのです。
駆除か?避妊か?
カバの大繁殖が確認され、何とかしなければとコロンビア政府が動いたのは2009年。ドイツからプロのスナイパーを呼び寄せ、一頭のカバを殺処分したのです。
しかし、そのニュースを聞きつけた地元の住民は大激怒。カバを駆除することへの抗議と当時の環境省大臣の辞任を求めるデモが行われるほどの大騒ぎになりました。
カバが生息するエリアの住民はカバに愛着を持っており、この殺処分されたカバも「ペペ」と名付けられ地元民に愛されていたのです。
駆除ができないとなると、政府が次に行ったのはカバの不妊・虚勢手術でした。しかしこれも簡単ではありません。
手術を行うためにはまずカバを眠らせる必要がありますが、カバは脂肪が多いので麻酔銃を打ってから麻酔が効いてくるまでに時間がかかり、その間に水に潜って溺死してしまうというリスクを伴います。また手術を行うには1頭あたり5万ドルという膨大なコストがかかる上に運送も大変な作業となるため、これまで11頭しか避妊・虚勢手術を行えていのが現状の様です。
避妊薬の導入
今月コロンビアはアメリカから70回分の「GonaCon(ゴナコン)」と呼ばれる避妊薬の寄付を受け、既に24頭に投与したことを発表しました。
この避妊薬はダーツの様な形状で遠くから撃つことができ、避妊手術より大幅に手間とコストを抑えることができます。またカバは雄と雌の判別が非常に難しい動物ではありますが、この避妊薬はどちらの性にも対応しているとのことです。しかしこの避妊薬は3回の投与が必要なことから、全てのカバに投与完了するのはまだまだ先の話になるでしょう。
1993年に終わったと思われた麻薬王パブロ・エスコバルとコロンビア政府の戦い。しかしあれから30年以上たった今でも、彼の残した負の遺産との戦いは続いているのです。
著者プロフィール
- 松尾彩香
コーヒー農家を営む元OL。コーヒーを栽培する一方で、コーヒー農家の貧困や後継者不足問題、コロンビアでの生活についてSNSを通じて発信。朝の一杯のコーヒーに潜む裏話から、日本ではあまり報じられないコロンビアの情勢まで幅広くお伝えします。2022年7月よりスペイン在住
Twitter: @maon_maon_maon