日本人コーヒー生産者が語るコロンビア
貧困生活から一転、コロンビアで注目の農民ユーチューバー!
コロナウイルスの影響を受け、生活様式がガラッと変わった人は少なくないと思います。リモートワーク(在宅勤務)を導入する企業が増え、このまま「デジタル化」が進めば田舎に住みながらお金を稼ぐことができる日もそう遠くないかもしれません。どこにいても世界中と繋がることができる、そんなインターネットの利点を利用して人生を大きく変えたコロンビアのある農民家族を紹介します。
コロンビアの首都ボゴタからそう遠くない田舎のとある集落にヌビアという女性がいます。彼女は今年4月に2人の息子(ダヴィッド15歳、アレハンドロ9歳)と共に「Nubia e hijos(ヌビアと子供達)」という名前のYouTubeチャンネルを開設しました。チャンネル内では彼らの田舎での生活や、家庭菜園のコツなどを紹介しています。彼らは複数メディアにとりあげられ、チャンネル開設わずか5ヶ月で既に60万人もの登録者数を集めました。
貧しかった暮らしから一転。
コロンビアは貧富の差が激しく、特に田舎には貧困層が集中しています。田舎には仕事が少なく、作物を育ててもとても安く買い取られるため人々は余裕のある暮らしを送ることができません。ヌビアもその貧しい農民の中のひとりでした。2年前に夫を亡くし、残されたのは2人の息子と借金。家族を支える為に家に息子達を残し、自宅から徒歩1時間の場所にある学校の清掃員として働きながら、一日一食以上食べれるか食べれないかという生活を送っていました。家にはトイレすらありません。しかし携帯電話は1台だけ持っており、長男のダヴィッドはその携帯電話でYouTube動画をよく観ていました。ユーチューバーになるというのは長男ダヴィッドのアイデアです。
ユーチューバーになってから、彼らの生活は大きく変化しました。地元の企業や地方自治体の助けにより家に12年ぶりに電気が開通。壊れかけていた家を修復し、子供達のために文房具や新しい服を買い、家畜を買うこともできました。子供たちがロックダウン中に学校のオンライン授業を受ける為のパソコンもYouTubeの広告収益で購入しました。ヌビアは将来は今住んでいる土地を買い取り、建築家になりたい長男のダヴィッドを大学に行かせることを夢見ています。
ご近所さんの力を借りて・・・
ヌビア達の成功の裏には1組のカップルがいます。フリアナ・サパタさんとシヒフレド・モレノさん。彼らは首都ボゴタで働いていますが、ヌビアの住んでいる家の隣の土地の保有者でもあります。モレノさんは田舎で産まれましたが、豊かな生活を求めてボゴタに移り住みました。しかし田舎への想いを忘れることは決してなかったそうです。
5年前にはヌビアや他の農民たちに投資をしてジャガイモ栽培を行いましたが、コロンビアで問題視されている流通や販売システムが原因で失敗。近年ではHuertos de la sabanaという農家を支援する会社を立ち上げ、インターネットを通して集落で作られるジャムなどを販売していました。そんなある日、ヌビアの長男ダヴィッドから「YouTubeを始めたいから手伝って欲しい」と一本の電話がはいり、2人は喜んで承諾。ヌビア親子の動画の撮影や編集は彼らが担当することになりました。また彼らの動画を通して、野菜栽培キットや近隣農民が作った製品を販売し、その利益の80%を農家に支払うことで従来の中間業者が得をする仕組みから脱却しました。
凝ったライティングや台本などは一切なく、編集もとてもシンプルですが、ヌビア親子の明るさと前を向いて頑張る姿に多くの人は心を打たれ、動画の再生数は今や600万回を超える程に成長しました。
コロンビアの田舎が抱える問題
コロンビアの田舎の暮らしは決して楽ではありません。
農業は機械化が進んでおらず、農作業をほとんど手で行っています。作物が入った袋を担いで運んだり、桑で畑を耕したりと重労働が中心となるため女性が活躍できる場はありません。収穫された作物は中間業者に売るのですが、中間手数料を多くとられるので生産者である農民には雀の涙ほどのお金しか支払われません。モレノさんが行った調査によると、農民に支払われるのは市場で売られている価格のわずか5%〜10%だったそうです。農民たちはそこから肥料代や人件費などを捻出しなければならないので利益はほとんどありません。そこで、人件費を削る為によく行われているのが児童労働。学校に行かず家で畑仕事の手伝いをさせられている子供たちが田舎には多くおり、私が住んでる集落にも大人になっても読み書きができない人がたくさん居ます。
ヌビアはこう言います。「田舎での生活はとても厳しいです。私達は忘れられた存在なのです。いつもサポートすると言って結局助けてもらえません。唯一利益が出る作物はコカの葉と言われています。」 コロンビアはコカインの原料となるコカの葉の生産量が世界で最も多い国であり、その背景には武装組織の存在があります。武装組織は軍資金の多くを違法ドラッグの密輸で補っており、潜伏している田舎に住む農民にコカの葉を栽培させているのです。野菜などの作物が利益をもたらすのであれば、違法ドラッグの原料となるコカの葉なんて植えたくもないと思うところですが、極貧生活を強いられている農民にとってコカの葉の栽培は生き残る為の唯一の選択肢なのです。
「私は恵まれている」とヌビアは話します。農民の90%が極貧と言われているコロンビア。インターネット環境どころか電気すらない生活を送っている農民達の声は、なかなか世間に届きません。ヌビア親子を通して、私たちが生きていくうえで欠かせない食べ物を作ってくれている農民たちの厳しい現状にもっと注目が集まることが期待されます。
著者プロフィール
- 松尾彩香
コーヒー農家を営む元OL。コーヒーを栽培する一方で、コーヒー農家の貧困や後継者不足問題、コロンビアでの生活についてSNSを通じて発信。朝の一杯のコーヒーに潜む裏話から、日本ではあまり報じられないコロンビアの情勢まで幅広くお伝えします。2022年7月よりスペイン在住
Twitter: @maon_maon_maon