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ラッシャー貴子|イギリス

王様は大変な職業、新国王チャールズ3世誕生

 それでなくても、チャールズ国王の船出はあまり恵まれているとは言えない。生まれた時から国王になる教育を受けたとはいえ、73歳にして始める新しい人生だ。長く愛され尊敬されたエリザベス女王の後を継ぐのも気が重いだろう。インク漏れで悪態をついた件でも、「女王だったら、どんなに疲れていてもきちんとふるまったはず」と早速比べられている(そして国王には悪いけれど、確かにその通りなのだ)。

 長男のウィリアム皇太子とケイト妃が気さくで人気が高いのはよいことだけれど、「70過ぎたチャールズがなるくらいなら、女王の後はすぐにウィリアムが王になればいい。手間も費用も節約できる」という意見も一時はあったくらいで、国王としては複雑だったかもしれない。一方で、2020年に王室を離脱した次男のハリー王子とメガン妃は、アメリカで次の(おそらく)暴露本を出版することが決まっていて、頭が痛い。

 しかもこの国は国民も手強い。「女王」は(ときどき「チャールズ皇太子」も)例外としても、世間話ではロイヤルファミリーのことはファーストネームで呼び捨てで、それぞれ好き勝手な意見を言い合う。「あれはハリーが悪いよね」「でもメガンもさあ」というように。メディアも日本に比べると忖度がない。例のインク漏れの件も、国営放送BBCでさえ世界に向けて映像を発信したくらいなのだ。厳しい。

ロイヤルファミリーの公式Twitterの投稿より、各地で市民の弔意に直接応えるロイヤルファミリーの方々。女王の葬儀後に7日間続いた家族の喪も開けた。その間、国王夫妻にはしばらく休暇が与えられたけれど、他のロイヤルファミリーたちは葬儀で重要な役割を果たした軍隊や職員たちにお礼の挨拶に回っていた。公務って本当にハードワークだ。

 時代も変わっている。今年5月の調査では、若い世代ほど君主制を「好ましくない」としていることがわかっていて、王室は新しいあり方を考える必要がありそうだ。また国王自身、中東から多額の寄付金を受けたことが夏に報じられたばかりだ。いずれも慈善団体に入金されていて違法でないけれど、関係者に英国籍が与えられた疑惑が残るなど、イメージがよくない。

 こうして並べると申し訳ないほどマイナスからのスタートだ。世間話で新国王の話題になるとよく、「まあ、大丈夫でしょう、カミラもウィリアムもついてることだし」と話が締められる。じゃあ、2人がいなかったら大丈夫じゃないの? と思ってしまうじゃないですか。

 よい知らせは、カミラ夫人は確かに頼もしそうということだ。インク漏れの映像でも、癇癪を起こす国王に穏やかに接して、自分の指についたインクもさらっと手で払って落ち着いていた。国王とは再婚で、王位を継承するウィリアム皇太子の実母ではないため、これまでも「皇太子夫人」ではなく「コーンウォール公爵夫人」という肩書きを使ってきた。チャールズが国王になっても「王妃」と名乗らない予定だったけれど、今年2月に故エリザベス女王にお墨付きをもらったので、これからは正式な「王妃」になる。

ロイヤルファミリーの公式Twitterの投稿より、葬儀の後、数日の休みを経て執務を始めたチャールズ国王。手をのばした先にある赤い箱は、国王が目を通すべき書類を入れる「赤い箱」として知られていて、国王としての執務が始まったことを表している。

 日本の先の天皇陛下(現在の上皇陛下)が退位される時、葬儀と新天皇の即位の準備が並行するのは煩雑、という理由も挙げられた。日本とは仕組みが違うとはいえ、今回チャールズ国王を見ていて、その意味が少しわかった気がする。もちろんご本人も心身ともに大変そうだけれど、準備する周囲も二大行事が重なったら大仕事だ。

 というわけで、大忙しだったチャールズ国王のことは、インク漏れ事件だけで判断せずに、もう少し見守ってあげてみてほしい。わたしも前より応援してしまう気がする。きっとチャールズは大丈夫でしょう、だって「カミラとウィリアムがついているから」。

 

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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