England Swings!
タンクローリーの運転手不足でガソリンスタンドに長蛇の列
このままではガソリンの配送だけでなく、クリスマスの準備への支障も予想されるという。英国のクリスマスといえば日本でいうお正月のようなビッグイベントだ。大きな心の拠りどころにして秋から計画を立てる人も多いし、家族で食べる七面鳥や交換するプレゼントなど経済効果も大きい。去年はコロナの影響で同居の家族しか集まれない寂しいクリスマスだったので、今年も順調に行かないとなれば、すでに溜まっている不満が爆発するかもしれないし、経済回復にとっても都合が悪いだろう。
このガソリン騒動に対応して、政府は英国外にいる大型トラックの運転手5000人分に3か月限定のビザを発給することを決めた。さらに軍の試験官を使って運転免許試験を年間5万件に増やし、新たに英国内のドライバー4000人に訓練を行い、最近引退したドライバーにも仕事に戻るように声をかけるという。また企業間で情報を共有して配送がスムーズに進められるように石油業界で競争法を緩和することも検討している。「焼け石に水」「対応が遅すぎ」と、こてんぱんに批判されている政府だけれど、とにかく少しでも何かしてもらわないと。
大型トラックの運転手不足はEU内でも前々から深刻な問題だったそうで、EUでは最近、労働条件や環境、賃金も改善している。そうなると一時的にビザを発給しても、前と変わらない待遇で英国に戻ってくるドライバーがいるのかどうか。この問題にはきっとブレグジット後の対応と合わせた根本的な対策が必要で、本当の解決にはかなり時間がかかるのだろう。でも10月初めまでに何か対策を講じないとクリスマスに支障が出るとあちこちの業界が騒いでいるし、コストの増大でガソリンが値上がりを始めている。うーん。
いろいろな話や記事を見聞きするうち、不安をあおられるようでなんだか怖くなってしまった。そんな時、国営放送BBCの記者の名前がツイッターのトレンドに上がっているのを見かけた。フィル・マキャンさんは、9月25日にガソリンが売り切れたスタンドから中継レポートをした政治記者。中継自体はまじめな内容だったのだけど、話題になったのは彼の名前だ。
The perfect man for the job!
-- BBC News (UK) (@BBCNews) September 25, 2021
BBC journalist Phil McCann's name sparks jokes on social media as he reports from a petrol station in Stockport https://t.co/d4mz8MsvLb
フィル・マキャン(Phil McCann)という名前の音だけをとってスペルを変えると、フィル・マイ・キャン(fill my can)に聞こえる。そしてこれは状況によって、「この入れもの(車)にガソリンを入れてくれ」という意味になる。厳密にはmy(マイ)の「イ」の音が抜けているが、それがまたちょうど気さくでいい感じのスコットランド訛りなのだ(そして都合のいいことに「マキャン」はスコットランドの名前だ)。つまり、ガソリン不足のニュースを「ガソリンちょうだい」という名前の人が伝えていたので、「完璧な名前」「誰か彼にガソリンあげて」と大ウケしていたのだった。英語ネイティブでないわたしには、笑いのツボがわかるまでずいぶん時間がかかったけれど。
それにしても、こんな深刻な状況でも単純なダジャレ(ご本人は名乗っただけだけど)で笑っている英国人は、やっぱりどこか余裕があるんだよなあ。くだらないと言えばくだらないけれど、苦しい中でも笑いがあるとやっぱり気持ちが休まるものだ。実際わたしも、やっと意味がわかってにやっとした瞬間、肩の力が抜けたのを感じた。
週が明けて、長い行列は少しずつ収まってきている。軍によるガソリン配送が予定されていて、このままパニック買いが鎮まれば、今週中には事態が安定する見込みがあるそうだ。いろいろ心配は残るけれども、罪のない笑いをはさみながら長い目で見られたらいいなあと思う。もともと何事にも時間がかかるこの国のこと、気長にことを進めるのは慣れているだろうし。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile