England Swings!
コロナ禍の外食事情 パブ編
前回は、英国では閉鎖されていたレストランやパブが7月4日に営業を再開したこと、訪れたレストランでは、スクリーンの前に立つだけの体温計や小分けの消毒ジェルなど、いろいろ工夫されていたことをお伝えした。
前回の記事はこちら↓
では、庶民派のパブはどうなっているのか? というのが今回のお話。
英国のパブは、酒を飲んで軽くご飯も食べられる、日本でいうと居酒屋のような存在。といっても店によって個性があり、おつまみに袋入りのピーナツかポテトチップくらいしか置いていない店もあれば、高級レストラン並みに食事にもワインにも力を入れている店もある(「ガストロパブ」という)。グループに分かれてクイズを楽しむ「クイズナイト」などのイベントを開くパブは、地元のちょっとした社交場になっていたりもする。カクテルやワインもあるが、どこも生ビールの種類が豊富で、バーと呼ばれるカウンターで頼むと味見もさせてくれる。
(最近では写真のような凝ったクラフトビールも人気。筆者撮影)
ロックダウンで店を閉じてからも、一部のパブは持ち帰りの営業を続けた。生ビールは賞味期限が短く、早く飲みきらなければならない。その場で注ぐ持ち帰りビールはパブ気分を味わいたい人たちに人気だったが、それでも営業停止が長引くにつれて大量のビールが廃棄された。
わが家ではこの夏、壊れた冷蔵庫の修理に手こずって料理がしばらくできなかったので(この話はまたあらためて!)、パブに食事をしに行く機会が何度かあった。食事が目的だったので、今日お話しするのはほとんどが地元の住宅地にあるちょっとご飯をがんばっている程度の、どこにでもあるパブの話だ。
まずどこに行ってもすぐ気がつくのは、店の入口のドアの前に大きな消毒ジェルが置かれていることと、大雨でない限りドアや窓を開け放して換気をよくしていること。これは買い物をする商店とほぼ同じ感じだ。営業が再開したのはちょうど夏のよい季節で、今年は特に天気もよく暑かったので、この点ではとてもラッキーだったと思う。冬のロンドンでは、とてもドアを開けっ放しになんてしておけない。考えただけで寒くなってしまう!
(入口の左側に置いてあるのがポンプ式の消毒ジェル。筆者撮影)
とはいえ、やはり換気を気にしなくていい外のテラス席はどこでも大人気だ。外が満席で室内はがらがら、なんていうこともよくある。それでなくても英国の人たちは太陽を浴びるのが大好きなので、ロックダウン後に新しくテラス席を増やした店も多い。
(筆者撮影)
ソーシャルディスタンスはパブでもしっかり実行されていた。テーブルの数を減らして隣との間隔を空けたり、フロアに矢印のシールを貼って客の歩く方向を制限したり、出入口が2つ以上ある店では入口と出口を使い分けたり、という具合だ。以前ならカジュアルなパブでは自由に店に入って自分で勝手に席を見つけていたが、再開後は入口にレストランのような案内係を置くところが増えた気がする。客がやたらに歩き回らないように目を配っているのだろう。
(筆者撮影)
パブによっては自主的に独自の規則を作っているところもあった。政府がまだ店員のマスク着用を義務付けていなかった7月の時点で、全員がマスクか透明のフェイスシールドをしている店もあったし(9月24日からは店員も客もマスク着用が義務)、会話を減らすために注文をアプリ経由のみにしている店もあった。あるパブでは店員の手がむやみに触れないように、運んできたグラスやナイフやフォークをトレイごとテーブルに置いて、そこから客が自分で取る方式になっていた。なるほど、と感心したものの、次に行ったらそのやり方はもう廃止されていた! 何か問題があったのかな。店の方でも試行錯誤しているようだ。
(テラス席が屋上にあるパブもあり。ここでは暖房器具も設置しているので、しばらくは外で楽しめそう。筆者撮影)
少し寂しかったのが、基本的に客はテーブルに座って飲食するという規則だ。パブでは飲み物だけを注文するならバーに自分で行くのがお約束。バー越しに飲み物ができあがるところを眺めたり、客同士で注文する順番を微妙に譲り合ったり、他愛のないおしゃべりをしたりと、パブの楽しみはバーの周りに集まっている。テーブルで注文して、そこで飲んで食べて帰るのなら、レストランと変わらない。寄りかかってビールを飲んでいる人のいないバーは、パブが本格的に機能していないことを見せつけられているようで、切ない気持ちになった。
(コロナ禍ではバーで酒を飲むことはできない。筆者撮影)
ある近所のパブにランチに行った時のこと。このパブは、改装工事の途中でロックダウンになってしまい、営業再開の許可が出た時にすぐには店を開けられず、8月の初めにやっとリニューアルオープンしたばかりだった。開店翌日に行ってみると、薄暗かった店内は流行りのガラス張りを取り入れてずいぶん明るくなり、近所のパブとしてはあかぬけた雰囲気だった。
入口近くの席に座っていると、ひとりの客が入ってきた。人のよさそうな初老の男性で、紳士というよりおじさんと呼んだ方がしっくりくる気さくな雰囲気の人だった。
おじさんは慣れた様子でバーで注文をしようとしたが、店員に何か言われてわたしたちの隣のテーブルに案内され、おとなしく席についた。が、ビールを注文しながらも、おじさんの目はバーに釘付けのまま。そのうちに椅子ごとバーに向き直ってしまい、さらにじっとバーを見つめ続けた。
このおじさんはきっとここの常連で、久しぶりにやってきたら、いつものカウンターで飲み物を注文できなくなっていて驚いたんじゃないだろうか。見慣れない明るい店内も落ちつかなかったかもしれないし、なじみの店員も常連もいなくなっていたのかもしれない。ビールを待つ間もひたすらバーを見つめ、手持ちぶさたそうにやたらに立ったり座ったりしていた。ようやくビールが届くと、おじさんはその場で2杯目を注文し、カウンターを見つめたまま2杯ともぐいぐい飲み干した。そしてカードを使った会計に少し手間取った後、足早に店を出て行った。
(パブチェーンがイラスト入りで作った新しい規則の説明。筆者撮影)
英国では8月3日から31日まで、外食産業を支援するEat Out to Help Out(「外食で支援しよう」)というキャンペーンが実施されていた。これは毎週月曜から水曜まで、アルコールを除く食事代が半額、一人最大10ポンドまで割引になって、その差額は政府が負担するというもの。人気店には長い行列もできて、最終的に少なくとも1億食分を売り上げ(国民1人あたり1回以上は利用した計算)、この支援は少なくとも経済的には大成功だったと言われている。
9月に入っても自主的にこの割引を続ける店も多いものの、同時に英国全体の感染者数がまたじわじわと増えていて、地域的ロックダウンも始まっているなか、この記事を掲載する時点ではパブやレストランの営業時間が午後10時までに制限されてしまった。それにこれから日が短くなって気温も下がると、テラス席で気持ちよく食事できる時間も限られてくる。残念ながら、英国の外食産業はまた厳しい状況に向かっているようだ。
(筆者撮影)
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile