World Voice

England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

コロナ禍のロンドンから

(外出制限もずいぶん緩んできたロンドン。筆者撮影)

 ロンドンに引っ越して14年半、わたしはここでコロナ禍と向き合うことになった。

 英国でこの新型ウィルス対策が始まったのは3月初め。外出を控えて仕事も家でするように呼びかけられて、人が集まるイベントが次々と中止された。美術館や博物館も閉館になり、学校も休校。そして3月23日にジョンソン首相が本格的な外出禁止を発表すると、生活必需品と薬品を売る店以外はすべて閉鎖、パブやレストランも閉鎖されて、ロンドン市内もオフィス街も、住宅地の商店街さえひっそり静まり返った。たとえ家族であっても同居していなければ会えない(小さな子どもを除く)、3人以上で集まってはいけないという細かい規則も加わり、警官がパトロールしてまわるという。いかにも非常時という感じで怖いではないですか! 

 買い物や運動(1日1時間)で外出することはできたので、他のヨーロッパの国のロックダウンに比べると規制はゆるかったようだ。それでも基本的には出かけられなかったし、何かが発表されるたびに生活の範囲が狭まって、心まできゅうくつになっていった。ついテレビやコンピューターにかじりついて最新情報を追っては、ますます疲れる毎日。この感覚はきっと世界のどこにいてもほぼ同じだっただろう。

 こういう時は我慢してがんばらないとね、と思って周りを見ると、あれあれ、なんだ様子が違う。窓から見える道を若者3人連れが歩いているけど、どう見ても兄弟には見えない。友だちなんじゃないのかな。同居していない人に会っちゃいけないんじゃない? まあでも、3人で部屋を借りてシェアしているという可能性はゼロではないし、と、もやもやを飲み込む。

 気を取り直して、フラット(集合住宅)共有の庭を散歩していると、別棟に住むもうすぐ90歳のおばあさんにばったり会う。あれ、重症になりやすいお年寄りは家から出ないことになっているんじゃないの? さすがに本人には言えなかったが、彼女は「家の中でじっとしてたら体がなまっちゃうのよ。人を年寄り扱いしないでほしいわ。政府の規則なんて、しっしっ!」とお怒りの言葉を残して、敷地の外の緑地にさっそうと出ていった。そうだ、このおばあさんは毎日欠かさずテニスに通っていたんだっけ。お元気で何よりだけど、自由だなあ。

NW1original - 10.jpg(外出禁止中のウォーキングにありがたかった近所の緑地。実質的には森に近い緑の深さで、この自然にとても癒された。著者撮影)

 家の中でもひと騒動。買い物はできるだけ回数を減らしてと言われているのに、夫は毎日のように「運動だ!」と明るく言って少し遠い町まで歩いて出かけて行く(そして買い物だけして帰ってくる)。確かに運動は許されているけれどさ、と家庭内自粛ポリス(夫の命名)のわたしがいろいろ言っても、「1日ずっと外に出ないなんて嫌だよ」の一点張り。嫌なことを我慢しなくちゃならないから世界中が大変だって言ってるんですけど!

 こんな人たちがいる一方、同じ棟に住む一人暮らしの80代のおばあさんは、胸に持病があるので早くから自主的に隔離生活をしていた。買い物もドアの外に置いてもらって受け取り、本当に家を一歩も出ずに規則を守っていたのに、救急車で運ばれることになってしまった。あれこれ検査をした結果、見つかったのは新型ウィルスでも持病でもなく、ストレス性の帯状疱疹だけ。耳が遠いので電話もできず、テレビの画面に映る暗いニュースだけを相手に一人で4か月以上も暮らしていたのだ。それはストレスにもなるだろう。このおばあさんだって、ロックダウン前は健康のためと言って毎日外に出かけていたのだし。

NW1original - 9.jpg(公園のベンチも利用禁止。ベンチに座るとついおしゃべりも弾んでしまうから? 筆者撮影)

 未知のウィルスに対応する言動を見聞きして、人はそれぞれだなと改めて思う。ウィルス対策の規制で難しいのは、外出するかしないか、食べ物をどこで買うか、仕事をどこでするか、と、日々の生活に深く関わっていることかもしれない。人の暮らしは本当にさまざまなものだから。同じ規則でも、病気がちなお年寄りと元気いっぱいのお年寄りでは受け入れ方がずいぶん違うのだし、世界中から感覚の違う人が集まっているこの街で、さまざまな反応が見られるのは当然かもしれない。

 これからもしばらくは、この目に見えないウィルスと共存することになるらしい。ということは、自分の頭で考えて自分を保つことがますます大切になるのだろう。それはどこにいても大切だけれど、生まれ育った環境を離れた外国暮らしでは特に大事なように感じる。慣れないものを受け入れながらの生活は、例えばいつも少し背伸びをしながら歩いているようなもので、ただでさえ足元がふらつきがちだ。何かのはずみで簡単に転びそうになる。そうならないためには、体の中に軸が必要なのだ。

 このブログでは、20歳でひとめぼれして以来大好きなこの国で、地に足をつけて暮らしたいと願うわたしが見たロンドンのお話をしていきます。

 

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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