Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
オーストラリアで16歳未満のSNS利用禁止法案可決、現状は?
11月29日、オーストラリアが世界初とされる「16歳未満のSNS利用を禁止する法案」を可決したことが話題となった。この法案は、11月7日にアルバニージー首相が議会への提出を発表。21日に上院へ提出されてからほとんど精査されないまま、数日後の議会で半ば強行採決のような形で上院を通過し、29日に下院へと送られて賛成多数で可決 ...という、1ヶ月足らずのスピード決議だった。
法案では、違反した場合は最大5,000万豪ドル(約50億円)の罰金が科されるとなっているが、これは、SNS運営会社が年齢確認を怠った場合となっており、保護者や(利用した)子に科されるものではない。つまり、罰則の対象はサービスを提供しているプラットフォーム=企業側のみとなる。
巷ではすぐにでもこの法律が適用され、「オーストラリアでは16歳未満の子供はSNSが利用できない!」といったような受け止められ方をしている向きがあるが、実際はどうなのだろうか?
最低でも12ヶ月は施行されない
この法案は、賛否両論が入り混じる中で上院を通過し、11月29日に下院で可決されたことで、法制化されることが現実的となったわけだが、下院で修正が加えられたため、再び上院に差し戻しとなった。そのため、さらなる審議を経る必要があり、また、オーストラリアは立憲君主制のため、法律制定には連邦総督の承認を受けなければならないなど、施行までにはまだハードルがいくつもある。
どちらにしても、プラットフォーム側(SNS運営会社)が年齢確認のための対策を講じる時間も必要なことから、最低でも12ヶ月間、2026年までは施行されない予定だ。
実際のところ、この法案の詳細はほとんど決まっていない。なかでも一番大きな課題は、どうやって16歳未満であることを確認するのかということだが、これですらまったくの白紙状態なのが現状だ。この重要な部分が明確にならない限り、この法案は成り立たないはずなのだが...
これまで、豪国内で活発化していた議論の中で年齢確認の方法として挙がっていたものに、以下のようなものがある。
1)アプリストアに登録されたクレジットカード情報で確認
2)パスポートや運転免許証などの身分証明書を提示
3)デバイス側(スマートフォンなど)の顔認証システムを利用
上記のどれもが機能しなさそうなのは、素人目にもわかるのではないだろうか?
クレジットカード情報は、16歳以上であってもクレジットカードを持っていない人もいるし、パスポートや運転免許証などは、本人ものであるかどうか判別するのが難しい。また、顔認証システムは、肌の色によってエラー率が大きく異なるという。(参照)
このように、どれもこれも非現実的な方法ばかりのため、現在、豪政府が進めている「デジタルID」を利用するのが最も現実的ではないか?という意見が表面化してきたことで、この法案への懸念がさらに高まった。
なぜならば、デジタルIDを利用するということは、国民全員にデジタルID を付与し、SNSを利用する際は、全員がデジタルIDで年齢確認をした上で16歳以上であることを証明する必要がでてくるからだ。つまり、第三者機関に個人情報を開示することにも繋がる。
こうした国民のプライバシー保護に関する懸念に加え、子供や若者たちの権利を著しく侵害する可能性があると、「オーストラリア人権委員会」は、この法案に対する懸念を表明している。(参照)
また、ユニセフの呼びかけで招集され、約 100 の団体から構成される「オーストラリア児童人権タスクフォース」も、この法案は「(若年層がSNS利用で有害なコンテンツに触れることで生じる)リスクに効果的に対処するには無神経すぎる手段である」と懸念を表明し、専門家140人が公開書簡に署名している。(参照)
年齢確認とプライバシー保護の両立の難しさ
11月29日に下院で可決されたものの、修正案が出されて上院へ差し戻しとなったが、その修正案の主要部分は、プライバシー保護に関するものとなっている。主な内容は以下のような感じだ。
プラットフォーム(SNS運営会社)は、ユーザーにパスポートや運転免許証などの政府発行の身分証明書の提示を強制することはできない。また、プラットフォームは、政府のシステムを通じて「デジタルID」を要求することもできない。(参照)
政府がこの修正案を受け入れたことで、年齢確認をどのようにするのかが、さらに難しくなったといえる。
どのSNSが対象になるのかわからない
一部の報道では、「対象となるSNSは、Snapchat、TikTok、Facebook、Instagram、X(旧ツイッター)、Redditなどで、YouTubeは除外」などとされているが、これらはローランド通信相が会見時に「(上に挙げたようなSNSである)可能性がある」と述べたものであり、法案では、具体的なプラットフォーム名は挙げられていない。
YouTubeは除外という件についても、政府が認めたものではなく、法案に盛り込まれた「エンドユーザーの健康と教育をサポートすることを主な目的とするサービスは除外される」という部分から(メディアが)推測して報道されているようだ。
世界的に騒がれてはいるものの、16歳未満でアカウントがなくても、多くのオンライン・プラットフォームのコンテンツに引き続きアクセスできるのが現状だ。
Thank you for everyone's comments on the social media ban bill in reply to my post yesterday ... I have read through them all and replied to many.
-- Senator Matt Canavan (@mattjcan) November 23, 2024
I have heard loud and clear the concerns about digital ID and the role of the eSafety Commissioner.
I am working on amendments to... pic.twitter.com/QG82CrLL1A
ぼんやりとした骨子のみで、詳細な部分が決まっていないまま可決された「16歳未満のSNS利用禁止法」。「世界初」として報道されることで「やっている国がある」という認識が人々の脳裏に植え付けられ、他国がこの流れを追随するきっかけになっていくのではないか?
また、オーストラリア人権委員会が指摘するように、SNSの利用を制限するだけでなく、年齢確認のために全SNS利用者が身元情報をプラットフォーム側(SNS運営会社)に提供(開示)することに繋がるため、重大なプライバシーのリスクが生じる懸念が拭えない。
性急な決断と実行にはリスクがつきまとう。じっくりと時間をかけて、慎重に議論を重ねていくべきではないだろうか。〈了〉
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
個人ブログ On Time:http://tabimag.com/blog/
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