Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
ウランに群がる巨額マネー 大金に目もくれず守り抜いた聖地 ~カカドゥ国立公園
『This is my country. Look, it's beautiful and I fear somebody will disturb it.』
「ここは私の故郷だ。見てごらん、こんなにも美しい。私はこれを何者にも侵害されたくないんだ(侵害/邪魔されるのが心配だ)」
8年ぶりに世界遺産「カカドゥ国立公園」を訪れた。真っ先に思い出したのは、冒頭のこの言葉。これは、2011年6月、30年以上に及ぶ戦いの末、世界遺産エリアへの組み入れが決定した「クーンガラ地区」の先住民ジェフリー・リー氏の言葉だ。
1981年、世界遺産への登録が決まった「カカドゥ国立公園」。1,600種以上の植物、10,000種以上の昆虫類、132種の爬虫類と60種以上の哺乳類が生息し、遥か何万年も昔から先住民の人々が暮らしてきた文化が息付く、「自然」と「文化」の両面から遺産としての価値を認められた「複合遺産」だ。
緑豊かな湿原には蓮の花が無数に咲き誇り、森では背の高いユーカリやサイプラスなどの木々が風にしなやかに揺れる。大空にはさまざまな鳥や虫たちが自由に飛び交い、「桃源郷」とはこういうところなのではないか?そう思わせてくれる場所だ。先住民の人々にとっては、もちろん「聖地」でもある。
夕暮れのイエローウォータークルーズ。#世界遺産 #カカドゥ国立公園 #ノーザンテリトリー #オーストラリア pic.twitter.com/mFoOC87cs6
-- Miki Hirano (@mikihirano) May 17, 2023
カカドゥは、その後も1987年と1992年に国立公園及び世界遺産の対象エリアを拡大し、追加登録されてきたが、隣接するクーンガラ地区は、まったく同じ生態系と景観を誇っているにもかかわらず、登録対象から外れてきた。
それは、クーンガラ地区には、潤沢なウラン鉱脈が眠っているからだ。
世界有数のウラン鉱脈に群がる原子力産業の巨額マネー
推定埋蔵量14,000トンとも言われるクーンガラ地区に眠るウラン。この世界有数のウラン鉱脈に、名だたる原子力産業が群がらないはずはない。
オーストラリア政府が、世界遺産委員会へこのエリアの追加登録を申請する段取りを始めると、フランスの大手原子力企業アレバ社から圧力がかかった。こうして、クーンガラは世界遺産登録対象地区から外れてきたのだ。
カカドゥ国立公園のクーンガラ地区に隣接する「ブルングカイ」はこれまで「ノーランジー」と呼ばれてきた場所。#世界遺産 #カカドゥ国立公園 #ノーザンテリトリー #オーストラリア pic.twitter.com/cN5Ozhg313
-- Miki Hirano (@mikihirano) May 17, 2023
50億ドルの巨額オファーに目もくれず、故郷を守るために戦った人々
しかし、美しい故郷の土地を壊されたくないと、ジェフリー・リー氏は子供の頃から、この地区で暮らす近隣の一族と共にクーンガラを守るために戦ってきた。
2007年には、アレバ社が一族の長となったジェフリーに「50億ドル」をちらつかせ、採掘権を手に入れようと働きかけたが、ジェフリーはこの巨額オファーを即座に却下。アレバ社は、その後も度重なる好条件のオファーを提示したが、ジェフリーと近隣一族は大金に目もくれず、この場所を破壊から守るためにも世界遺産エリアに指定して欲しいと訴え続けた。
「ノーランジー・ロック」と呼ばれてきたこの場所には、遥か昔からこの土地で暮らしてきた人々が描いた数々の壁画が残っている。#世界遺産 #カカドゥ国立公園 #ノーザンテリトリー #オーストラリア pic.twitter.com/mdy0fJkHHE
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30年以上にも及ぶ彼らの訴えは、2011年6月28日の世界遺産委員会でようやく叶えられ、クーンガラは永遠に守られることとなったのだ。
カカドゥ国立公園内では、1年中さまざまな花が咲き誇り、彩(いろどり)を添える。(2023年4月筆者撮影)
この一件を知る人は、オーストラリア国内でも少ないかもしれない。しかし、クーンガラが世界遺産への組み入れが決定したという喜ばしいニュースが飛び込んできた2011年は、日本人にとって忘れられない年...。彼らの苦悩の歴史を追ってきた私にとっては、涙がでるほど感動的なニュースだった。
(※この話は当時、個人のブログ記事に書いたところ、たくさんの方に読んでいただき、大きな反響がありました。この件の詳細と当時のジェフリー・リー氏へのインタビューも載せていますので、興味のある方はぜひご一読を。⇒ ▼潤沢なウラン鉱脈クーンガラ、世界遺産のカカドゥに組入れ決定!)
今回、8年ぶりにカカドゥ国立公園のクーンガラ地区と隣接するエリアを訪れてみると、ジェフリーと周辺の一族によるメッセージが記された看板が立てられていた。
クーンガラの隣接地区に立てられていたジェフリーと周辺の一族によるメッセージが記された看板。(2023年4月筆者撮影)
カカドゥへの最初の訪問は、もうかれこれ20年以上前になるが、今も当時と変わらず、夢のように美しい光景が広がり、初めて訪れた時の感動が蘇ってくる。年月を経ても変わらぬこの美しい風景が見られるのは、彼らが守り抜いてきてくれたおかげだ。
本当の幸せとは何か、人間はどうあるべきなのかを教えてくれたカカドゥを故郷とする先住民の人々。大自然が造り上げるこのすばらしい景観を未来永劫、守っていくことが我々人類に課された使命なのではないだろうか? 久しぶりに同じ場所に立ち、そんなことをふと思った8年ぶりの再訪だった。〈了〉
▼【オーストラリアの世界遺産】カカドゥ国立公園 ~静寂のサンクチュアリ
Special thanks to:Tourism Australia, Tourism Northern Territory
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
個人ブログ On Time:http://tabimag.com/blog/
メディアコーディネーター・ブログ:https://waveplanning.net/category/blog/