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NYで生きる!ワーキングマザーの視点

ベイリー弘恵|アメリカ

NYPDで唯一の日本人として17年間勤務したガイ京美さんが任期満了となった<後編>

©ガイ京美 NYPDの制服姿でパートナーと共に

ガイ京美さんは、NYPDで唯一の日本人として17年間勤務し、多くの現場経験を積みました。NYPDには日系アメリカ人もいますが、日本からの出身者としては京美さんが唯一の存在でした。そんな京美さんが、2025年1月でNYPDを任期満了となります。2012年にも取材させていただいたことがあったのですが、今回、任期満了を迎えるということで、再度、取材をさせていただきました。前編リンク

Hiroe:日本から一時的な滞在で来ている人は、ニューヨークの危険な地域だと知らずに、犯罪に巻き込まれることもありますか?

京美さん: そうですね、危険なエリアを知らずに住んでしまう人も多いです。ある時、日本人で、強盗に脅されて全てを盗まれた人がいました。その人は「犯人が、マンションの方へ逃げて行った」って言っていたので、ハウジングプロジェクト※1を普通の日本にあるマンションくらいに思っていたのでしょう。

日本から来たばかりだと、ハウジングプロジェクトのエリアが危険だとわからないので、プロジェクトの中にある公園も、普通の公園だと思って入っていく人がいますが、とても危険です。私は危険なエリアに住みたくありませんし、普段は絶対に近づかないです。

Hiroe:現場で拳銃を使わなかった経験について、どう感じていますか?

京美さん: 私達の間では撃たないでキャリアを終えるのが理想だと言います。ほとんどの人は射撃の訓練で撃つだけでキャリアを終えます。私は銃を使わずに引退出来て良かったと思っています。それでも、私のパートナーは、強盗犯を追跡してるところで、適切に対処したことで賞をもらったんです。彼は本当に優秀な人でした。

Hiroe:そのパートナーとの関係は特別だったのですか?

京美さん:そんな優秀な彼に選ばれたこともラッキーだと思っています。彼からいろいろ教えてもらえたおかげで、独り立ちすることができました。もし彼の指導がなかったら、ここまで来られなかったと思います。仕事だけではなく人生に対する姿勢も学びました。

Hiroe:米軍を退任後、NYPDの仕事を最初からやりたかったわけではなかったのですか?

京美さん: そうですね、最初はあまりやりたいとは思っていませんでした。ニューヨークは怖いと言うイメージがあったし寒いのが嫌いなので。でも、軍を出たシングルマザーとして安定した仕事に就くのは死活問題で、とにかく公務員で生きて行ける職業と言う理由できめました。

実際、私は人とエンゲージする(関わること)のが好きなので、この仕事には向いてたのかもしれません。

Hiroe:退任後、拳銃はどうする予定ですか?

京美さん: 拳銃については、NYPDに残っている人に売る予定です。17年間付き合ってきた大切な拳銃で愛着があるのですが私にはもう必要ないのでどうせ人に譲るのなら同じ職場の人に託したいと思っています。

Hiroe: NYPDの制服はどうされる予定ですか?

京美さん: 三重県の地元の中学校に寄贈する予定です。この制服を通じて、地元の子供たちにもっと広い世界へ目を向けてもらえるようなきっかけを提供できればと思っています。

Hiroe:NYPDでの仕事について、今振り返ってどう感じますか?

京美さん: もういいかなって思います。話していて面白い経験はたくさんあったけど、戻ってまたやりたいとは思いません。

Hiroe:最後に仕事をして印象に残ったことは何ですか?

京美さん: 1年半ほど、乳がんの治療をしていた時期があったので、お休みしていて、仕事に戻ったのは丁度アメリカでイミグレーション(移民対策)の問題が大きくなっていた時で、イミグレーション関連の案件が次々と分署に来ていました。シェルター(移民の一時的な避難場所)にいる人たちがレポートを提出しに来るんですけど、それに対応するのが本当に大変でした。

一番戸惑ったのは、イミグレーションシェルターにいる人がリポートを申請しに来たのですが彼は延々と私にアメリカに対する不満を言っていました、「アメリカの行政をこういうふうに変えろ」 とかシェルター施設はこう運用すべきだと言ってきた時です。「自分がこの仕事をする意味ってなんだろう」と少し考えてしまいました。

Special Victims Unit(特別被害者課)で私がまだ新人の頃出会った女性刑事もこんな愚痴をこぼしていました。

「せっかくSpecial Victims Unitに配属されたのに、彼氏に仕返しするためとか、信じられないような理由で通報してくる人がいるんだよね。確かにDV(ドメスティックバイオレンス)や本当に助けを必要としている被害者もいるけど、一部の人は本当の被害者とは言えないケースもあって、対応するのが大変なんだよ」と。

このような現場の苦労は、外からは見えにくいですが、Special Victims Unitの仕事がどれほど複雑で根気のいるものかを感じさせます。

Hiroe:これまでのNYPDや米軍での経験を通して、「良かった」と思うことはありますか?

京美さん: たくさんありますよ。たとえば、イラクに行く前にLASIK(視力矯正手術)を無料で受けられたことですね。これは本当に助かりました。

Hiroe:それは大きなサポートですね。他にもありますか?

京美さん: 教育の面でもすごく恵まれていました。大学4年間の学費が全額免除されて、バチュラー(学士号)を取得するまで無償で通えたんです。勉強したい人にとっては、本当にありがたい環境でした。

Hiroe:米軍での支援以外にも、何か良い経験がありましたか?

京美さん: はい、結婚していた頃、教会で無料の英会話レッスンを受けられたんです。それから、米軍でもNYPDでも、仕事の合間に勉強するための休暇をもらえたことが良かったですね。奨学金も利用できました。

米軍でもNYPDでも、英語はネイティブレベル(英語を母語とする人々と同等のスムーズで正確な言語運用能力)でできないと仕事に対応するのが難しいので、日常的に英語を使う生活が続いていました。発音や文法と言うより人を見極め言葉を操るという感じでした。

その影響か、娘とも自然と英語でしか会話しなくなり、娘は日本語を話せません。気づけば、生活のほとんどが英語中心になっていて、今では英語脳から日本語脳への切り替えに少し戸惑うこともあります。

Profile

著者プロフィール
ベイリー弘恵

NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。

NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com

ブログ:NYで生きる!ベイリー弘恵の爆笑コラム

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