「耳をすませば」の舞台、青春の記憶呼び起こす多摩の丘
◆『耳をすませば』の町へ
この米軍施設とゴルフ場地帯を越えるには、長い上り坂の一本道(川崎街道)をひた歩くしかない。小一時間ほどの単調な歩きを経て多摩市に入ると、眼下に多摩ニュータウンの住宅地が広がった。丘の斜面には立体的に一軒家が並ぶ住宅地が広がり、眼下には川と私鉄の線路、そして遠くに都心のビル群や山が見える・・・。そう、ジブリ作品のファンにはすぐにピンと来ると思うが、アニメ映画『耳をすませば』(1995)の世界である。
と言いつつ、実は僕はジブリ音痴で、『耳をすませば』を見たのは、この旅の後、原稿を書く直前のことだ。原作の漫画とはストーリーが少し異なるようだが、映画版の『耳をすませば』は、端的に言えば、大人への一歩を踏み出す時期の中3の主人公の女の子と男の子の「希望の物語」である。卒業を控え、恋する二人は、それぞれの歩む道を見つける。そして、ラストシーンで丘の上から町を見下ろし、夢を果たすためにいったん別々の道を歩むけれど、一人前になったら再会して結婚しようと誓い合う。決してベタベタした恋愛ものではなく、主眼は少年少女の自立への過程に置かれている。
少年は、バイオリン職人になりたいという夢を叶えるためにイタリアに留学し、彼に刺激を受けた文学少女の主人公は、小説を書き、それが大好きであること、しかし、今の自分はまだまだ勉強不足であることを痛感し、高校に進学することを決心する。『調布ゼミ』の塾長が子どもたちに身につけて欲しいと思っているのは、受験のテクニックなどではなく、こうした地に足がついた自立心なのだと、僕は確信する。
◆ウエスト・トーキョーのカントリー・ロード
『耳をすませば』の街、聖蹟桜ヶ丘の先の百草園(もぐさえん)周辺は、より武蔵野のローカル色が強い雰囲気だ。この旅第一号の牛舎もあった。このあたりは里山の名残が色濃く、ちょっとした山道を街の格好をした人が歩いているという、都会でも山間地でも見られないシュールな光景にもお目にかかることができる。
『耳をすませば』では、米シンガー・ソングライター、ジョン・デンバーの「カントリー・ロード」が劇中歌的な挿入歌として使われており、主人公の少女が邦訳を試みた際の副産物である替え歌が、少年との出会いのきっかけになる。その歌詞が秀逸で、かつては豊かな里山だった多摩丘陵に対する、地域住民の思いが垣間見える。
"コンクリート・ロード どこまでも 森を伐り 谷を埋め 西東京(ウエストトーキョー)多摩の丘(マウントタマ) 故郷は コンクリート・ロード"
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