コラム

ファーウェイ問題の深淵:サイバースペースで前方展開する米国

2019年01月16日(水)15時40分

Stringer-REUTERS

<サイバーセキュリティでの「前方で防衛する」とは、悪意のあるサイバー活動をその発信源で妨害し、止めるということで、それが現在の米国防総省のサイバー戦略だ>

昨年5月、米国の中央情報局(CIA)の元幹部が、日本のある企業の招きで来日した。CIAには大きく分けて分析部門と工作部門があるが、工作部門の幹部だった人物である。サイバーセキュリティの関係者を集めて欲しいとその会社から依頼があり、日本政府や企業の関係者に集まってもらった。

米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドの5カ国は「ファイブ・アイズ」と呼ばれるインテリジェンス(機密情報)の共有枠組みを持っている。その一角であるオーストラリアが危ないとその幹部はいった。次世代の携帯電話の5Gにおいて中国企業がオーストラリア市場を独占する可能性があり、オーストラリアの通信の安全性が保てなくなるというのだ。

米国企業の保護が目的ではないともいう。もうアメリカには5Gの携帯端末を提供できる企業が残っていないからだ。5Gの端末は中国のファーウェイとZTE、北欧のエリクソンとノキア、これら4社しか実質的に提供できなくなる見込みである。通常は米国企業の半導体や日本企業の部品も組み込まれるから、どこか一カ国だけで完成品を提供できるわけではない。中国の製品も中核となる技術は米国、日本、欧州に頼っている。しかし、中国政府と中国企業は外国依存を脱し、中国だけで製品を完成させ、それを安く外国に提供することで市場独占を図ろうとしており、それが実現すれば安全保障上のリスクになると指摘した。

現実化するサプライチェーン・リスク

ファーウェイとZTEの問題は、遅くとも2011年あたりからは米国議会などで議論されていた。米国の首都ワシントンDCにある国際スパイ博物館で、偽物のコンピュータ基盤の写真が展示されていたことがある。偽物と本物の基板が並んでいて、素人には見分けが付かないが、解説によれば、ハンダ付けが甘かったり、部品の形状が微妙に違っていたりする。部品をすり替えて細工し、情報を盗むということは技術的には可能であり、実際にその恐れがあるということを示していた。

こうした部品をめぐる不正問題はサプライチェーン・リスクと呼ばれてきた。2016年に公刊された小説『中国軍を駆逐せよ(原題:GHOST FLEET)』ではハワイにある米国の統合軍の一つ、太平洋軍(昨年、インド・太平洋軍に改名)の司令部がサイバー攻撃、ドローン攻撃、宇宙攻撃などを駆使する中国人民解放軍によって占領されてしまう。サイバー攻撃の手法としてサプライチェーン・リスクが取り上げられており、この小説がワシントンDCやハワイでよく売れた。サイバーセキュリティを担当する政策担当者や軍人たちにはこのシナリオが頭に入っていた。実際、太平洋軍司令官だったハリー・ハリスは、リーディング・リストにこの本を入れて推薦していた。

東京でのこの会合の後、外国のサイバーセキュリティの会議でオーストラリア人と一緒にパネル討論に出ることになった。議論の後の雑談中、そういえばアメリカ人からこういう話を聞いたのだけど、と説明し、オーストラリアでそういう話は本当にあるのかと聞いた。すると彼は、「ああ、そういう話は出ているね。ファーウェイは、俺にファーウェイで働かないかと誘ってきたよ。なんたって俺は元オーストラリア首相の弟だからね。あっはっは」と笑った。確かに彼の姓は元首相と一緒だった。「それで、どうしたの」と聞くと、「もちろん断ったよ。」「政治スキャンダルになるよね。」「そうだな」というやりとりもした。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story