コラム

クロスドメイン(領域横断)攻撃は、戦闘を第二次世界大戦時に立ち戻らせる

2017年08月18日(金)19時30分

そうだとすれば、北朝鮮に対するサイバー作戦はすでに終わったか、あるいは新たな段階に入ったと考えるべきである。当然、北朝鮮も別の形でサイバー作戦が行われることは想定しているはずで、徹底的な防護策をとっているだろう。それをかいくぐって米国がサイバー作戦を行うとすれば、非常に高度なものになっているに違いない。

北朝鮮の金正恩委員長と米国のトランプ大統領の間では丁々発止のやりとりが行われているが、秘密交渉が行われているという指摘もある。米国の中央情報局(CIA)や国家安全保障局(NSA)、国家偵察局(NRO)、国家地球空間情報局(NGA)といったインテリジェンス機関は総力を挙げて北朝鮮の動向を見ており、ハリス司令官率いる太平洋軍も「今夜でも戦える」ように準備を進めている。

米国からも北朝鮮からも、第一撃が行われるとすれば、それは密かに行われるサイバー攻撃になる可能性が高い。敵軍の目と耳をふさぐことで自軍に有利な展開を期待できるからだ。

北朝鮮はそれほどコンピュータに依存する社会構造を持っていない。通信ができなくなったり、停電になったりしたとしても、北朝鮮の一般の人々にはそれほど大きな混乱はもたらさないかもしれない。しかし、それでも北朝鮮軍は少なからずコンピュータや通信を使っているはずであり、米軍にとってはそれがターゲットになる。金正恩委員長からの命令が伝わらなくなれば、北朝鮮軍は機能を停止するか、暴走するか、それらのどちらかだろう。

北朝鮮がサイバー攻撃のターゲットにできる米国のシステムは多い。首都ワシントンDCだけでなく、経済の中心のニューヨークやその他の大都市の機能を麻痺させるようなサイバー攻撃を企図しているかもしれない。

しかし、何にもまして狙うのは米軍の指揮命令システムおよび装備システムになるだろう。米軍が北朝鮮を攻撃できないようにすることが最重要課題になる。一般的な国際通信のほとんどは、現在は海底ケーブルを通って行われているが、緊急時にはおそらく多くの通信が人工衛星および地上波の無線通信経由に切り替わるだろう。海上の艦隊や上空の戦闘機・爆撃機・無人機との通信は作戦遂行に不可欠である。

そうすると、いかに人工衛星の通信を不能にできるかを北朝鮮は考えるだろう。とはいっても、飛んでいる人工衛星の数も種類も多い。軍事用の人工衛星が止められても、米軍はいざとなれば民間の通信衛星を借りるかもしれない。すべてを止めるためには電磁波攻撃もあり得るかもしれないが、自軍への影響も覚悟しなくてはならない。

米国の問題は、開かれた社会であるが故に、相当数の北朝鮮のエージェントが米国内にいるかもしれないという点である。米国社会で普通に暮らしている北朝鮮のスリーパー・エージェントが重要インフラストラクチャに対するサイバー攻撃や物理的攻撃を開始し、たとえば人工衛星の地上基地局が不能になる可能性もある。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story