コラム

インテリジェンス機関をもてあますトランプ大統領

2017年07月21日(金)18時10分

こうした混乱の間、CIAは、ロシアが大統領選挙に介入している事実に気づく。驚いたブレナンCIA長官は、分析結果をオバマ大統領と側近3人にだけ見せ、対応を求めた。オバマ大統領は現職大統領が大統領選挙に介入したと批判されることを恐れた。そして、ヒラリー・クリントンが当選するだろうという楽観的な見通しもあり、事実の公表を控えた。

それでも、2016年9月に中国の杭州で開かれたG20サミットの際、オバマ大統領はロシアのウラジミール・プーチン大統領と差しで向かい合い、警告する。ロシアが介入している証拠をつかんでいる、手を引けとオバマ大統領が言うと、プーチン大統領は証拠を出せと言い返した。このやりとりの後、オバマ大統領は報復として何が可能かを検討するようにスタッフに指示する。ロシアの重要インフラストラクチャへのサイバー攻撃や、金融制裁なども検討された。しかし、結局は何の報復策もとられなかった。

【参考記事】米国大統領選挙を揺さぶった二つのサイバーセキュリティ問題

11月の大統領選挙直前、コミーFBI長官は、新たな証拠が見つかったとして、いったんは捜査を打ち切っていたヒラリー・クリントン候補の電子メール問題を再び捜査対象にすると発表した。ところが、すぐに、問題はなかったとして再び捜査を打ち切ってしまう。この不可解な対応もあって、ヒラリー・クリントンは大統領選挙に敗北し、トランプが勝利した。

この結果は、オバマ大統領に衝撃を与え、ホワイトハウスのスタッフたちは、ロシアの介入に対する対応を間違えたことを悔やんだ。遅まきながら、ホワイトハウスは再び制裁案の検討に入り、12月末になって、米国内にいたロシア人のエージェント35人を追放し、ロシアが米国内で通信傍受拠点などにしていた2箇所の屋敷を差し押さえた。

コミーFBI長官解任

コミーが就任したのは2013年9月なので、その任期は2023年9月まであるはずだった。2017年1月にトランプ政権が成立した時点でコミーは辞任することもできたが、就任して3年4カ月ということもあり、コミーは留任を希望した。トランプ政権が成立した時点では、コミーのFBIは、トランプ勝利の立役者にも見られていたこともあり、トランプはコミーの留任を受け入れた。

そもそも、大統領選挙直前のFBIの不始末は、不十分な証拠に基づくFBI組織内の対立に起因しているようである。政治的な影響を懸念する上層部と、ルールを曲げずに捜査すべきだとする現場スタッフたちの対立が、FBIの迷走を招いた。そうすると、コミーがトランプの味方だったわけではないということになる。

トランプ政権成立後、次々と政権幹部がロシアと不適切な接触を行っていたことが明らかになると、FBIはロシアの大統領選挙介入について捜査を始める。2月半ばには、安全保障政策を担うと見られていたマイケル・フリン大統領補佐官がロシアとの関係が理由で辞任に追い込まれる。3月20日に議会に呼ばれたコミーFBI長官とロジャーズNSA長官は、そろってロシア介入の可能性をテレビカメラの前で認めた。

【参考記事】トランプとロシア連携?──FBI長官が「捜査中」と認めた公聴会の闇

さらに5月はじめ、トランプ大統領は、大統領選挙期間中に、オバマ大統領がトランプ候補の通信を監視していたと、突然、ツイッターで批判し始めた。NSAは大規模な通信傍受を行っていたが、それは外国勢力に対するものであり、国内の米国市民に対して政治的な目的で行うことは明らかに違法である。オバマ前大統領は一笑に付したが、トランプ政権は執拗に批判した。

そして、FBIによるロシア疑惑調査を不満として、5月9日、トランプ大統領はコミーFBI長官を解任する。5月17日、司法省は、コミーの前任であるモラーをロシア疑惑に関する特別検察官に任命した。解任の翌月、議会で証言したコミーは、ロシアによる介入は疑いの余地はないと言明し、トランプ政権との対立を深めた。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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