コラム

「パナマ文書」を最初に受け取ったドイツ人記者の手記にみる、「暴露の世紀」の到来

2016年08月26日(金)16時30分

モサック=フォンセカとは

 モサック=フォンセカというパナマの法律事務所は、その取り扱い規模に比して小さなビルに入っており、裏通りに面しているらしい。モサック=フォンセカはパナマに本拠を置く唯一のペーパーカンパニー・プロバイダーではなく、最大のライバルであるモルガン&モルガンなど、いくつかあるという。モサック=フォンセカという名前は、二人の創設者、ユルゲン・モサックというドイツ人と、ラモン・フォンセカというパナマ人弁護士に由来する。二人の事務所が1986年に合併してモサック=フォンセカができている。ユルゲン・モサックがドイツのバイエルン州生まれのドイツ人であることが、南ドイツ新聞が選ばれた理由の一つだろう。

 モサックは若くしてパナマにやって来て、30歳で法律事務所を立ち上げ、頭角を現した。もう一方のラモン・フォンセカは、パナマ大統領の顧問であり、内閣にポストを持ち、政権与党の代表代行だという。かなり前からこの事務所には悪い噂が立っているが、裁判で負けたことはないらしい。無数のペーパーカンパニーの設立と運営に携わっており、さまざまな疑惑がこの事務所の壁で閉ざされていた。

 漏洩されたデータによると、モサック=フォンセカの2013年度の売り上げは4,260万ドル(約42億6,000万円)で、従業員の総数は588人(342人がパナマ、140人がアジア、40人が英国領ヴァージン諸島)である。しかし、関連会社や子会社が複雑怪奇なネットワークを形成しているようで、実像は見えない。

 モサック=フォンセカは、顧客の要望に応じてペーパーカンパニーを斡旋し、それに「名義上の取締役」を置く。本当の会社の持ち主、つまり資産の持ち主は分からないように細工される。名目上の取締役は、本当の持ち主の意のままに書類にサインするだけで、実質的な権限は何もない。モサック=フォンセカが使っている名義上の取締役のひとりは、パナマだけで実に2万5,000社の現/元取締役としてデータに現れているという。しかし、この「名義貸しの女王」は英語もほとんど話せない人で、パナマの貧困地区に住み、ある時期の月給は400ドル(約40,000円)しかなかった。

米国内にもタックスヘイブン

 すでに報道されているように、パナマ文書にはたくさんの政治家や有名人が出てきたが、アジアでは中国が最も多いようだ。『パナマ文書』では中国についてひとつの章が割かれている。しかし、中国人の名前がアルファベットになってしまうと特定が難しい(王という姓を持つ中国人の数だけでドイツの総人口を上回るらしい)。こうした不正の暴露に協力できるジャーナリストが中国にも香港にもほとんどいないため、その解明には他国より時間がかかっているようだが、少なくとも習近平国家主席の親族が海外にペーパーカンパニーを所持し、資産を隠しているのではないかと疑われている。

 米国人や米国企業があまりパナマ文書に登場しないこともあって、このデータ漏洩は米国の陰謀だとする主張もある。特に、側近の名前が挙がったロシアのウラジミール・プーチン大統領は米国のインテリジェンス機関の関与について発言している。米国陰謀論の真相は分からないが、米国は国内にワイオミング州、ネバダ州、デラウエア州などのタックスヘイブンを持っている。デラウエア州ウィルミントンのノース・オレンジ・ストリート1209番地は20万のペーパーカンパニーの所在地になっているという。国内(オンショア)にタックスヘイブンがあるため、ヨーロッパ諸国と比べて、海外(オフショア)のタックスヘイブンに出て行くインセンティブが弱い。

【参考記事】世界最悪のタックスヘイブンはアメリカにある

 さらに言えば、2001年の対米同時多発テロ(9.11)以降、米国政府はテロ資金の洗い出しのために金融規制を厳しくしており、簡単に租税回避や脱税ができなくなっている。麻薬取引やマネーロンダリング対策も厳しくなってきている。経済制裁の対象者や対象国との取引も厳しく規制されている。特に今はいわゆる「イスラム国」と関連する個人や団体との取引が厳しくなっている。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

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