コラム

エルサレム首都宣言とイラン核合意破棄の類似性

2017年12月11日(月)20時00分

世界秩序はより混乱した状況に陥るのだろうか Ammar Awad-REUTERS

<これまでのタブーを破ったトランプ大統領。国内の支持者は喜ばせるが、現実には何もせず、ただ世界からの不信感を買うという、イラン核合意破棄と同様の結果になりそうだ>

12月6日にエルサレムをイスラエルの首都と認めると宣言し、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると宣言したトランプ大統領。この宣言をきっかけに、パレスチナを始め、アラブ諸国だけでなく、欧州やアジアの国々でもアメリカ大使館に抗議のデモが発生し、アメリカの同盟国であるイギリスやフランスを含む8ヶ国が国連安保理の緊急会合招集を求め、アメリカを公式の場で非難するなど、大きな騒ぎになっている。

日本でも諸外国でも、この宣言の重大さと今後の混乱に対する懸念が論じられ、世界はより一層混乱した状況に向かっているような論調が主流となっている。しかし、果たして本当に今回のトランプ大統領の宣言は、歴代のアメリカ大統領が行ってきた政策と大きく異なる結果になるのであろうか。世界秩序はより混乱した状況に陥るのだろうか。

筆者はイスラエル・パレスチナ問題の専門家でも、アメリカ外交の専門家でもない。しかし、今回の騒動が、これまでみてきたトランプ大統領によるイラン核合意破棄の議論と極めて類似したパターンに収まっているのではないかという印象を強く受けている。本稿では、その印象を踏まえて一連のトランプ政権の議論を整理し、同じパターンになっていることで同じような結果をもたらすのかを検討してみたい。

公約の実現だったのか

トランプ大統領の宣言については既に多くのメディアで議論され、改めて解説する必要もないほどであるが、本稿の議論を進める上で、いくつかのポイントを整理しておきたい。

まず、今回の宣言はトランプ大統領が選挙戦から主張してきた公約を実現させるためのものであるという点である。確かにトランプ大統領は親ネタニヤフ政権のユダヤ系圧力団体であるAIPACの集会でエルサレムに大使館を移転すると高らかに宣言している。しかし、歴代の大統領、特に冷戦後のビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマも選挙戦中にはエルサレムを首都と認定し、大使館を移すと公約してきた。トランプ大統領も自身のツイッターアカウントでその動画を添付し、これまでの大統領が果たしてこなかった約束を自分は実現したと主張している。

歴代の大統領は、ユダヤ系アメリカ人の支持を得るため、選挙戦中はエルサレムを首都と認め、大使館を移転するなどと言うが、大統領になればアラブ諸国との関係や、イスラエル・パレスチナ問題の解決のためにも、その公約を封印し、パレスチナ人やアラブ諸国を刺激しないという選択をしてきた。それ故、トランプ大統領も同様にエルサレムをイスラエルの首都であると宣言することはないと想定されてきたが、その期待を裏切り、今回の宣言に至った。

実は大統領選挙のみならず、米議会選挙においてもユダヤ系ロビーは強い影響力を持っており、ユダヤ系の支持を必要とする議員は数多い。そのため、米議会は1995年に「エルサレム大使館法」と呼ばれる法律を制定し、駐イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転することを法律で大統領に命じている。歴代の大統領は、この法律を大統領令で一時的に執行停止するという形で大使館の移転を保留にすることで公約を実現しない、というパターンを取ってきた。そのため、この大統領令を6ヶ月ごとに更新しなければならず、そのたびにユダヤ系ロビー団体は圧力をかけたが、これまで大使館の移転は実現してこなかった。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story