インドネシア・サッカー場の悲劇 「警察の催涙弾が主原因」と政府調査委
悲劇の責任の押し付け合い
事件直後にジョコ・ウィド大統領は「事件の真相と警備上の問題点を洗い出し」を国民に約束。そのうえで「こうした悲劇は今回を最後にするべきだ」として再発防止に政府としても全力で取り組む姿勢を示して政府の調査委員会による原因調査の徹底を指示して現場となったスタジアムを視察した。
当初警察は、スタジアムの収容定員が3万8000人なのに人気の好カードであることから4万2000人分のチケットが販売されたことや、試合終了後に速やかに開けるはずの多くの出入り口が施錠されたままだったとして、競技場関係者や試合運営者の責任を取り上げた。
また事件直後の10月3日にはマフード政治法務治安担当調整相は「ファン殺到を生んだ責任者を特定し処分するように」と述べて、混乱を扇動した人物の存在を示唆して捜査の行方を混乱させた。
国際サッカー連盟(FIFA)が競技場での警備で催涙弾の使用を禁じているが、警察側は警備上の問題はなかったとしながら、あまりに国民の反発が強いことから国家警察はマラン警察署長を解任し、事件当時スタジアムで警備に当たっていた9人を停職処分にしたもののそれ以上の責任追及はなかった。
こうした責任転嫁の構図は警察の催涙弾発射が最大の混乱の要因とする地元メディアなどの見方を否定して、警察を擁護する方向に誘導するものだったとみられている。
しかしジョコ・ウィド大統領肝いりの政府調査団は今回「混乱は警察による催涙弾発射」と警察の一義的責任を明確に示した。
これは閣僚や警察による「責任逃れ」を断じて許さず、責任の所在を明確にして国民の前に明らかにするというジョコ・ウィド大統領の強い意志の表れといえる。
同時に幹部による部下射殺事件とその隠蔽工作に警察官約100人が関与したことが疑われる事件や、パプア地方での警察官が関与した民間人殺害・遺体遺棄などと不祥事が続く警察組織の腐敗体質に本格的にメスを入れる覚悟を示したものと歓迎されている。
ただ閣内には元国家警察長官や国軍幹部などの治安組織の元幹部が何人もいるため、ジョコ・ウィド大統領の警察改革がどこまで進むかには疑問視する見方もでている。
FIFAとの協議で2023年にインドネシアで開催予定の「FIFA―U20ワールドカップ」は予定通りの開催となりインドネシアは安堵しているが、国際社会はインドネシアでの国際的イベント、特にスポーツ大会開催には厳しい目を向けており、そうした意味でも警察の処分と同時に今後のスタジアム警備のあり方に真剣に取り組むことが求められている。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など