インドネシア、イスラム帝国樹立目指す一派を「国是に反する」と逮捕 多様性認める国で今起きていること
今回摘発された「カリフ制を目指すイスラム教」のメンバーは、その"パンチャシラ"の精神に反するというのが逮捕理由だが、具体的にどの原則に反するのかも判然としない。
テロ組織との関係も?
南ランプン州バンダルランプンにある同派の本部を家宅捜査した治安当局は、事務所内から現金23億ルピア(約2,050万円)の現金を発見したという。
さらに逮捕した幹部らのなかに1942年に組織されたイスラム教急進派組織「ダルルイスラム」の流れを汲むとされる「ネガラ・イスラム・インドネシア(NII)」と関係がある人物が多数含まれていたことも明らかにしている。
あるメンバーは学校などの教育機関で生徒や学生に「カリフにより統治されたイスラム帝国」の実現を訴えたりしてメンバー獲得運動をしていたという。
こうした治安当局の指摘に対して、逮捕されていない同派幹部はメディアに対して「我々の組織はイスラム帝国をうたっているものの現在のインドネシアの体制を変革してイスラム帝国を樹立しようなどとは考えてなどいない。ただこの世界のイスラム教徒の平穏と加護を願っているだけだ」と反論している。
ジョコ・ウィドド政権の曖昧政策
実態が不明なNII、また2008年に異端として布教が禁止され差別、迫害、暴力が続くイスラム教組織「アフマディア」など、インドネシアでは同じイスラム教であっても教義に「現在のインドネシアの体制への不満、挑戦」が少しでもあると治安当局が判断すれば関係者を逮捕するのが実情である。
そこには"パンチャシラ"の「公正で文化的な人道主義」「全インドネシア国民に対する社会的公正」の実現という理想はなく、もう一つの国是である「寛容性」も無視されているようにみえる。
今回の「カリフ制を目指すイスラム教」に対する治安当局の逮捕はインドネシア国内でも賛否両論が沸き起こっている。
逮捕支持派は「国内治安安定のため小数急進派の摘発は妥当」としている。一方、懐疑派や反対派は「社会の安定や治安維持に全く危険な組織ではなく、メンバーも敬虔なイスラム教徒である」として治安当局の行き過ぎた行動を批判する。
こうした中ジョコ・ウィドド大統領はこの問題への言及を避けている。イスラム教徒でありながら他宗教の信者や平和的な少数者、異端者への理解があるといわれている大統領だがこの手の問題には沈黙を守ることが最近は多くなっているとの指摘もある。
その一因にイスラム教の重鎮指導者であるマアルフ・アミン副大統領への忖度、配慮があるとされ、指導力発揮が難しい現実があるという。
「信教の自由」が憲法で保証されているインドネシアだが、多数のイスラム教徒により他宗教信者や同じイスラム教徒でも少数派、異端派といわれる信者に対する差別や中傷、迫害などでマイノリティには住みにくい国になりつつあるといえるだろう。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など