最新記事

宗教

インドネシア、イスラム帝国樹立目指す一派を「国是に反する」と逮捕 多様性認める国で今起きていること

2022年6月16日(木)18時21分
大塚智彦
「カリフ制を目指すイスラム教」メンバーと家宅捜査するインドネシアの治安当局

治安当局による「カリフ制を目指すイスラム教」本部の家宅捜査 KOMPASTV - YouTube

<テロリストへの適正な対応か、はたまた思想弾圧か──>

インドネシアの国家警察と対テロ対策庁は6月14日までに、イスラム教団体で「イスラム帝国の樹立」をうたう一派の関係者23人を逮捕した。逮捕の理由は「イスラム帝国樹立」という思想・信条が「インドネシアの多数を占めるイスラム教徒の考えと異なる」「国是の"パンチャシラ"の思想に反する」などで、国家の安全を脅かす危険な思想であり、イスラム教の異端であるから、としている。

インドネシアは「イスラム教国」ではなく憲法でキリスト教、ヒンズー教、仏教などの他宗教の信仰も認めており「信教の自由」そして「表現の自由」も保障されている。もっとも近年は国民の88%と大多数を占めるイスラム教徒の主張、信条、規範が幅を効かせて他宗教の信者や法律で禁止されていない性的少数者「LGBT」の人々への脅迫、暴力、差別が横行しているという現状がある。

今回逮捕されたイスラム教の一派は預言者ムハンマド亡き後のイスラム教最高指導者に与えられる称号「カリフ」(原義は後継者)に指導された「イスラム帝国の樹立」が重要と考えていた。とはいえ、こういった人々が集まっていただけで、5月に首都ジャカルタなどでバイクに乗ったデモをおこなったものの、国家転覆や治安かく乱を目指していた訳でもなく、テロ行為を画策していたこともない。

ごく普通の宗教組織であったことから「国権の濫用」「信教の自由の侵害」との批判や、「国民の多数のイスラム教徒の考え方と異なる」ことを理由にしたことには「当局による行き過ぎた摘発」との指摘もでている。

"パンチャシラ"に反する逮捕理由

イスラム教組織「カリフ制を目指すイスラム教」の創設者アブドゥル・カディール・ハサン・バラジャ容疑者は6月7日にスマトラ島南部ランプン州で逮捕された。今後の裁判の結果次第では最高刑禁固20年になる可能性があるというが、同時に「容疑者らが何の容疑で逮捕されたかは不明である」とメディアは報道している。

対テロ対策庁の関係者は「国是である"パンチャシラ"に反する活動、信条だからだ」と逮捕理由を説明するがそれが具体的に何罪に当たるのかは明らかにしていない。

インドネシアの国是である"パンチャシラ"は憲法の前文に記された「建国の5原則」のことで、
・唯一神への信仰
・公正で文化的な人道主義
・インドネシアの統一
・合議制と代議制における英知に導かれた民主主義
・全インドネシア国民に対する社会的公正
の5つである。

インドネシアでは小学校で"パンチャシラ"が徹底的に教え込まれ、暗誦できるように教育される。検問や身分チェックの際に「"パンチャシラ"を言ってみろ」としてインドネシア人かどうかを試すこともよく行われる。

つまり"パンチャシラ"はインドネシア人にとってアイデンティティーの裏付けとなるほど重要なものなのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中