最新記事

麻薬

メキシコはこうして「犯罪と暴力」に沈んだ...麻薬戦争、真実の100年史

The Dope on Drug Trade

2021年12月10日(金)13時50分
アン・デスランデス(ライター)
メキシコの刑務所

麻薬王のグスマンが収監されている刑務所を警備する警察官(2017年) JOSE LUIS GONZALEZ-REUTERS

<単純な「善と悪」の戦いという構図では描けない。ドラッグと犯罪組織の撲滅を大義名分に、社会の腐敗と崩壊を助長してきた暗い歴史>

メキシコの麻薬取引の世界は、噂と恐怖の煙幕に覆われている。真実をつかみ取ることは、実に困難だ。

それでも、議論の余地がない事実がある。マリフアナやアヘン、ヘロイン、コカイン、メタンフェタミン、フェンタニルを売買する国際ビジネスが、過去15年間で少なくとも35万人の死と7万2000人の行方不明に関係していること。そして、犯罪組織による恐喝が社会の広い範囲に及んでいることだ。

この状況について、テレビドラマなどポップカルチャーは、メキシコでは犯罪が当たり前で底なしに堕落していると描きたがる。メキシコ史上最も血なまぐさい時代の1つの指揮を執ったエンリケ・ペニャ・ニエト前大統領(在2012~18年)は、汚職はメキシコの「文化的な弱点」だと言った。

英ウォリック大学教授で作家のベンジャミン・T・スミスは新著『ザ・ドープ――メキシコの麻薬取引の歴史(The Dope: The Real History of the Mexican Drug Trade)』で、メキシコの犯罪組織の現実を覆い隠すこうしたステレオタイプを一掃する。そして「かつては平和に行われていた産業がいかにして暴力的になり」、メキシコを「巨大な集団墓地」に変えたのか、100年に及ぶ詳細な歴史をひもとく。

お決まりの概念だけでは説明できない

首都メキシコシティでマリフアナの卸売業者が初めて逮捕されたのは1908年。現代ではメキシコのアヘン農家がアメリカに亡命を申請する。この間に禁止薬物の取引は、家族や社会的なつながりに基づく地元の小さな商いから大規模な産業に発展し、メキシコ全土に覇権を広げている。

ただし、汚職や国ぐるみの腐敗、犯罪組織の抗争といったお決まりの概念だけでは、メキシコにおける組織犯罪の力と武器を伴う暴力の規模を説明するには足りない。

スミスは緻密な研究者であるばかりか、優れた語り手でもある。小作農の家族や警官、兵士、化学者、革命家、売人、政治家、組織の大物など生き生きとした登場人物を集め、革命家のパンチョ・ビリャや、「エル・チャポ」の通称で知られる麻薬王ホアキン・グスマンなど著名な人物を歴史の文脈に位置付ける。

掘り下げたインタビューやリークされた文書、文化的な資料などを通じて、スミスは「悪い麻薬使用者と密売人」対「良い麻薬取締官」という構図に要約されがちな麻薬取引の神話を解剖する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GDP1─3月期は年率2.0%減、内需に弱さ 特殊

ワールド

ショルツ独首相、成長維持に海外人材必要と訴え EU

ワールド

カタール、年内にさらにLNG長期契約締結へ

ビジネス

景気は緩やかな回復続く、資源高や為替による物価高に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中