最新記事

麻薬

メキシコはこうして「犯罪と暴力」に沈んだ...麻薬戦争、真実の100年史

The Dope on Drug Trade

2021年12月10日(金)13時50分
アン・デスランデス(ライター)

公権力による異常な暴力

こうした神話には「役割がある」と、スミスは指摘する。「麻薬密売人を悪者にして、麻薬戦争は善と悪の戦いだという物語を強固なものにする。公権力による暴力を正当化するのだ。麻薬取締官が銃を持つのは、重武装の密売人と戦わなければならないから。撃つのは撃たれたときだけ。拷問で農民の爪を剝がすのは、さらなる死を防ぐためだが、誰の死を防ぐのかは都合よく曖昧にされている」

こうした対立構図のおかげで、メキシコの法執行機関は国民に対する異常な暴力行為を続けている。それは、かつてのアメリカ主導の鎮圧作戦に重なる。

麻薬戦争と人種差別の複雑な関係も、スミスは見逃さない。19世紀後半に先住民のマリフアナ使用を犯罪化したことや、中国人に対する根深い暴力など、当局が危険と見なす薬物の取り締まりには人種問題が絡んでいる。人種差別と階級差別は、麻薬の生産と使用をめぐる言葉遣いや法律、道徳の変遷を浮き彫りにする。

スミスはメキシコで麻薬取引が急速に拡大したのは、儲かるからというだけでなく、州当局による保護と非合法化も理由だとみる。ただし「1970年代までは、密売人同士の争いを暴力で解決することはほとんどなかった......州知事も警察も、自分たちと密売人との関係が露呈するような争い事は避けたかった」。

しかし麻薬産業が拡大するにつれて、州が積極的に暴力を誘発するようになった。「州の当局者が代わると、それまでの上納金の仕組みを覆し、自分たちにカネが流れるようにつくり直した」

一方で、農作物や農家、麻薬使用者を犯罪者と見なすことによって、「麻薬戦争そのもの」が暴力になった。「(米大統領リチャード・)ニクソンが(70年代に)行った麻薬戦争は、取り締まりを一変させた......アメリカの麻薬捜査官、メキシコの警察官、メキシコの兵士が侵略軍のごとく、麻薬の生産と取引が行われている地域に襲い掛かった」

『ザ・ドープ』は、1989年生まれのクルスの物語から始まる。極貧の町で育ったクルスは、メキシコ中西部のミチョアカン州で家業の麻薬ビジネスの見張り役を務めていた。マリフアナ、コカイン、メタンフェタミン、ヘロインと商品が変わり、上納金の行き先は地元の警察から武装ギャングへと変わった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

円が対ドルで5円上昇、介入観測 神田財務官「ノーコ

ビジネス

神田財務官、為替介入観測に「いまはノーコメント」

ワールド

北朝鮮が米国批判、ウクライナへの長距離ミサイル供与

ワールド

北朝鮮、宇宙偵察能力強化任務「予定通り遂行」と表明
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中