メキシコはこうして「犯罪と暴力」に沈んだ...麻薬戦争、真実の100年史
The Dope on Drug Trade
麻薬王のグスマンが収監されている刑務所を警備する警察官(2017年) JOSE LUIS GONZALEZ-REUTERS
<単純な「善と悪」の戦いという構図では描けない。ドラッグと犯罪組織の撲滅を大義名分に、社会の腐敗と崩壊を助長してきた暗い歴史>
メキシコの麻薬取引の世界は、噂と恐怖の煙幕に覆われている。真実をつかみ取ることは、実に困難だ。
それでも、議論の余地がない事実がある。マリフアナやアヘン、ヘロイン、コカイン、メタンフェタミン、フェンタニルを売買する国際ビジネスが、過去15年間で少なくとも35万人の死と7万2000人の行方不明に関係していること。そして、犯罪組織による恐喝が社会の広い範囲に及んでいることだ。
この状況について、テレビドラマなどポップカルチャーは、メキシコでは犯罪が当たり前で底なしに堕落していると描きたがる。メキシコ史上最も血なまぐさい時代の1つの指揮を執ったエンリケ・ペニャ・ニエト前大統領(在2012~18年)は、汚職はメキシコの「文化的な弱点」だと言った。
英ウォリック大学教授で作家のベンジャミン・T・スミスは新著『ザ・ドープ――メキシコの麻薬取引の歴史(The Dope: The Real History of the Mexican Drug Trade)』で、メキシコの犯罪組織の現実を覆い隠すこうしたステレオタイプを一掃する。そして「かつては平和に行われていた産業がいかにして暴力的になり」、メキシコを「巨大な集団墓地」に変えたのか、100年に及ぶ詳細な歴史をひもとく。
お決まりの概念だけでは説明できない
首都メキシコシティでマリフアナの卸売業者が初めて逮捕されたのは1908年。現代ではメキシコのアヘン農家がアメリカに亡命を申請する。この間に禁止薬物の取引は、家族や社会的なつながりに基づく地元の小さな商いから大規模な産業に発展し、メキシコ全土に覇権を広げている。
ただし、汚職や国ぐるみの腐敗、犯罪組織の抗争といったお決まりの概念だけでは、メキシコにおける組織犯罪の力と武器を伴う暴力の規模を説明するには足りない。
スミスは緻密な研究者であるばかりか、優れた語り手でもある。小作農の家族や警官、兵士、化学者、革命家、売人、政治家、組織の大物など生き生きとした登場人物を集め、革命家のパンチョ・ビリャや、「エル・チャポ」の通称で知られる麻薬王ホアキン・グスマンなど著名な人物を歴史の文脈に位置付ける。
掘り下げたインタビューやリークされた文書、文化的な資料などを通じて、スミスは「悪い麻薬使用者と密売人」対「良い麻薬取締官」という構図に要約されがちな麻薬取引の神話を解剖する。