医学的な懸念から、政治の道具に変わった「ワクチン懐疑論」の実情
YOU CAN’T MAKE ME
ILLUSTRATION BY ALEX FINE
<共和党主導で盛り上がる反ワクチン運動。その影響でコロナ以外の予防接種も敬遠され、根絶されたはずの感染症の流行が再発しかねない>
それは感染症対策のプロが見たら頭を抱えそうな、反ワクチン派の活動家が見たら狂喜乱舞しそうな光景だった。場所は米イリノイ州北部のブラッドリー。人口2万に満たない村で、住民の9割以上は白人だ。
そんな村で、新型コロナウイルスのワクチン接種「義務化」に反対する集会が開かれた。80人も集まればいいと主催者側は踏んでいたが、実際に詰め掛けたのは300人以上。しかも大半は、いかなるワクチンの、いかなる権力による接種強制も認めないと息巻いていた。ある右派の地方議員は叫んだ。「どんな神、どんな薬、どんな生き方であれ、自分の選んだものを信ずる権利。その権利のために、私は戦う!」
似たような集会は全米各地で開かれている。新型コロナに限らず、どんな感染症であれ、ワクチン接種の義務付けは個人の自由の侵害に当たる――そう信じる人々の運動が草の根レベルで広がっている証拠だ。
コロナ以前の時代とは明らかに違う。従来の反ワクチン派は、もっぱら医学的な懸念を根拠にしていた。なかには独特な宗教的信条を掲げる人や、いわゆる「薬害」を批判する左派の活動家もいた。
しかし今はワクチン義務化に反対する運動が政治化し、特に右派勢力で大きなうねりとなりつつある。それは新型コロナとの戦いを損なうだけでなく、おたふく風邪や百日咳、さらには天然痘などの感染症の復活と大流行を招きかねないと医療関係者は危惧している。
ジョー・バイデン米大統領は政府機関や民間企業で働く約1億人のアメリカ人に新型コロナ用ワクチンの接種を義務付けると発表したが、強制接種に反対する右派の動きはそれ以前から表面化していた。
この夏には南部テネシー州の保健当局が、小児用混合ワクチンやインフルエンザのワクチンを含む「定期的な予防接種に関する積極的な働き掛け」の中止を指示している。背景には共和党の牛耳る州議会からの圧力があったと伝えられる。
またオクラホマ州立大学やテキサスA&M大学などの研究者の報告によると、アメリカ人の約22%は現時点でワクチン拒否の姿勢を支持し、社会的アイデンティティーとして「反ワクチン派」を名乗っている。
ワクチンやその義務化に反対する運動は勢いを増し、その根拠は医学上の懸念から個人の自由に固執する政治思想に移行している。つまり、明らかに党派的な主張だ。