最新記事

人権問題

イスラム教女生徒のヒジャブは自由か強制か インドネシアで再燃

2021年3月22日(月)19時58分
大塚智彦

教育文化省は「イラストはあくまで事例であり、ジルバブ着用はそういう組み合わせもあるという選択肢の一つにすぎず、強制ではない」と懸命の説明を繰り返して、「一律な服装規定」から「柔軟な服装規定」への意識転換を求める事態となっているのだ。

国際的人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」もこのほど明らかにした報告書の中で「インドネシアの公立学校では生徒のみならず女性教師、地方行政機関の女性公務員の中にもジルバブ着用の強制事例がある」と指摘している。

古くて新しい論争の再燃

インドネシアでは圧倒的多数のイスラム教徒による「見えざる圧力」の前に、イスラム規範があたかも一般の社会規範であるかのように扱われるケースが多々あり、しばしば人権問題としてクローズアップされることも近年は多くなっている。

普段はジルバブを着用していないイスラム教徒の女性も、たとえば議員や首長選挙などに立候補する場合は必ずといっていいほどジルバブを着用する。これはジルバブが「敬虔で信心深いイスラム教徒女性」の象徴とされているからにほかならないから、といわれている。

これまでもインドネシアでは公立学校における女生徒のジルバブ着用問題は何度かクローズアップされてきたが、その度に学校や教師側は「強制などしていない」と否定。一方で生徒の側は「先生からにらまれた」「無言の圧力を感じた」「友人を介して着用を促された」など一律化へのプレッシャーを感じる状況が報告されることが繰り返され、今日まで根本的な解決策には至っていないのが実状である。

インドネシアはイスラム教を国教とはせず、国民の文化、宗教の多様性を認めることこそが統一国家維持の要としてきた歴史的経緯がある。従って国家原則は「多様性の中の統一」と「寛容」というものであるが、近年イスラム教急進派、保守派勢力などの影響力増加でこうした国是が揺らぐ傾向にあり、インドネシアとしての「アイデンティティーの危機」が叫ばれている。

こうした中で再燃した「ジルバブ強制着用問題」には今のインドネシアが直面する難しい課題が如実に投影しているといえるではないだろうか。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

独クリスマス市襲撃、容疑者に反イスラム言動 難民対

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 5
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 6
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 7
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 8
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 9
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「汚い観光地」はどこ?
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 8
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 9
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 10
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中