批判覚悟で中国を称賛 WHO事務局長テドロス・アダノムの苦悩と思惑
1月に中国の習主席(右)らと会談したテドロス氏(左)は、インフルエンザに似た感染症に関する彼らの知識や、封じ込めに向けた取り組みに感銘を受けた。だがこの時点で、すでに中国では新型コロナウイルスで多数の死者が発生し、国外へも拡散し始めていた。写真は北京で代表撮影(2020年 ロイター)
1月末、慌ただしい北京訪問からスイスのジュネーブに戻った世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長は、中国指導部による新型コロナウイルスへの初期対応をはっきり称賛したいと考えていた。だが、当時の状況を知る関係者によると、テドロス氏は複数の側近からトーンを落とすべきだと進言された。
習近平国家主席らと会談したテドロス氏は、インフルエンザに似た感染症に関する彼らの知識や、封じ込めに向けた取り組みに感銘を受けた。だがこの時点で、すでに中国では新型コロナウイルスで多数の死者が発生し、国外へも拡散し始めていた。
関係者によると、側近らはテドロス事務局長に対し、対外的な印象を考慮して、あまり大仰でない文言を使うほうがいいとアドバイスしたという。しかし、事務局長は譲らなかった。1つには、感染拡大への対処において中国側の協力を確保したいとの思惑があった。
「メッセージがどのように受け取られるかは分かっていた。テドロス氏はそうした面でやや脇の甘いときがある」と、この関係者は語る。「その一方で、彼は頑固でもある」
結局、テドロス事務局長は中国指導部の対応を公の場で大げさに称賛した。その一方で、中国当局者が内部告発を握りつぶし、感染症発生の情報を隠蔽していたとする証拠が次々と出て、一部のWHO加盟国から、テドロス氏の中国寄りの姿勢は「過剰だ」との批判を招いた。その先頭に立ったのがトランプ米大統領だった。トランプ氏は米国からの資金拠出を一時停止した。
ロイターは複数のWHO当局者、外交関係者に取材した。そこから見えてきたのは、創立72年を迎えたこの国連機関とそのトップが直面する苦悩だった。WHOとテドロス氏は、殺人的な感染症の流行を抑えることと、最大の資金拠出国である米国からの批判への対処という、2つの難題に同時に取り組まなくてはならない事態に陥っていた。