批判覚悟で中国を称賛 WHO事務局長テドロス・アダノムの苦悩と思惑
中国称賛への「歯ぎしり」
大きな疾病が発生すると、テドロス事務局長はすぐその中心地に自ら足を運ぶことが多い。2018年8月に発生したエボラ出血熱。テドロス氏は2年間で少なくとも10回、コンゴ民主共和国を訪れた。ほぼ終息に近づいていたエボラの流行は、今年4月に再燃している。
2019年4月、コンゴのエボラ専門病院でWHOのために働いていたカメルーン人医師が銃撃で死亡したことがあった。ある西側外交官はこのとき、テドロス氏が声を出して泣いているのを目撃した。「それくらい、彼の仕事のスタイルは情熱的だ。我がこととして取り組んでいる」と、この外交官は話す。
中国は肺炎が集団発生したことを、2019年12月31日にWHOに報告している。WHOは年明け1月14日、中国当局による予備調査では「人から人に感染するという明白な証拠は見つかっていない」とツイッターに投稿した。後日、WHOが中国に対して十分に懐疑的でなかった事例としてトランプ大統領から指摘されることになる。
もっとも、WHOの専門家は同日、(人から人への)限定的な感染が起きている可能性があると述べている。1月22日、訪中したWHO調査団は、武漢において人から人に感染したという証拠はあるが、完全に解明するにはさらなる調査が必要との見解を示した。
1月末、テドロス事務局長と幹部3人が北京に飛んだ。ライアン氏によれば、「公式の招待を受けたのは午前7時半。その日の午後8時には飛行機に乗っていた」という。
テドロス氏は1月28日に習国家主席と会談。データと生物学的資料を共有することを特に協議したという。テドロス氏は習氏と握手する写真をツイッターに投稿し、「率直に協議した」「(習氏は)歴史に残る国家的対応を担った」と書き込んだ。
翌日にジュネーブで行われた記者会見で、テドロス氏は習氏のリーダーシップを称賛し、「習主席が感染拡大を詳細に把握していることに非常に勇気づけられ、感銘を受けた」と述べた。さらに、中国は「国内的にも対外的にも、透明性の確保に完全にコミットしている」と語った。
感染症が発生した当事国の政府を公然と批判すると、情報共有をはじめ協力に消極的になる恐れがある、とベテランのWHO職員は言う。WHOでアフリカ地域の緊急事態対応を統括するマイケル・ヤオ氏は、プレッシャーを感じてWHOとの連絡を絶ってしまう国をいくつか見てきたと話す。アフリカでコレラが発生したことを公表した際、そうしたことが何度か起きたという。
「データにアクセスできなくなり、最低でも特定の疾病のリスクを評価するだけの能力さえ利用できなくなってしまう」と、ヤオ氏は言う。
一方で、テドロス氏が中国政府の対応を高く評価することを、快く思わない向きもある。テドロス氏は毎週、WHO加盟国の外交官向けにブリーフィングを行っている。欧州から参加している特使の1人は、「テドロス氏が中国を称賛すると、歯ぎしりして悔しがる者が必ずいる」とロイターに語った。