最新記事

【2016米大統領選】最新現地リポート

「ブッシュ王朝」を拒否した米世論2つの感情

2016年2月22日(月)11時40分
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)

 1つは、リーマン・ショック以来の経済の低迷期、つまり「オバマの8年」だけでなく、911テロから、アフガン・イラク戦争、そしてサブプライムローンのバブル崩壊に至る「ブッシュの8年」について、アメリカの左派だけでなく、保守層も拒否反応を持っているということだ。

 アメリカの保守派が、「オバマの8年」を苦々しく思っているのは言うまでもない。つまり、同性婚がいつの間にか合憲化され、キューバとの国交正常化や移民への救済措置などが既成事実となる「リベラル主導の政治」に対する拒否感がある。さらに景気刺激策などに多額の国費を投入しているにも関わらず、景気と雇用の戻りが遅い現実に対して、心の底から怒りを抱いている。

 では、その前の共和党のブッシュ政権時代は「良かった」と思っているのかというと、それも違う。例えば、トランプの発言は一つ一つを見れば、国際常識に反した暴言だが、イラク戦争への批判や、911が阻止できなかったことへの批判などは、2000年代の「草の根保守」とはまったく異なる立場に立っており、2016年の現在では広範な説得力を持っている。

 この点ではクルーズも、宗教保守派を自認しつつ「中東の国家について、いくらその行動が悪質だからといって、アメリカが侵攻して政権を交代させる戦略はもはや取るべきでない」、つまり「政権交代戦略」は放棄すべきだという主張をしている。こうした主張が左派ではなく、右派から出てきて、保守票の中にも広範な支持が広がっている。これはそのまま、「ブッシュの8年への否定論」となっている。

【参考記事】「暴言トランプ」の正体は、タカ派に見せかけた孤立主義

 2つ目は、さらに「パパ・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領)」の時代にまでさかのぼり、「ワシントンのエスタブリッシュメント(支配階層=既成の政界)」への怒りの感情だ。単にイラク戦争とサブプライムのバブルへの批判だけでなく、オバマの8年もダメ、その前のブッシュの8年もダメ、さらにビル・クリントンの時代は良かったが、そのクリントン一家は嫌い、またその前のパパ・ブッシュの4年もいい時代ではなかったと否定している。

 極端に言えばこの28年間のアメリカを支配してきた「ブッシュとクリントン」の2大ファミリー(とオバマ)について「まとめて拒否したい」という心理----トランプを大勝させ、ルビオ、クルーズという若い世代に期待を寄せるという共和党支持者の心情の核にあるのは、そのような感情だ。

 その「エスタブリッシュメントへの怒り」、そして「過去28年への怒り」は、今回はまず「ブッシュ王朝」を潰すという結果で共和党内ではっきりと示された。一方で、民主党の「サンダース躍進」という現象となってヒラリーを苦しめているのも同じ感情であり、ヒラリーは「過去の実績をアピール」する戦術ではなく未来へ向けての政策論へと主張をシフトする必要を迫られている。

 共和党内では、3月1日のスーパー・チューズデーへ向けて、そうした「エスタブリッシュメントへの怒り」という感情を、このままトランプが「追い風」にできるかがポイントとなる。例えば、ルビオが「新世代の本格候補」というイメージで有権者の「過去への怒り」を鎮めながら支持を拡大できれば、選挙戦の構図は大きく変化することもあり得る。

<ニューストピックス「【2016米大統領選】最新現地リポート」>

《筆者・冷泉彰彦氏の連載コラム「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代」》

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中