猛威振るう「チャイナ・ファースト」思想
豊かになれば中国も既存の世界秩序に従うと思ったが、それはアメリカの大きな間違いだった
喧嘩の中休み 緊張する米中関係に注目が集まる中、香港に寄港を許された米原子力空母ニミッツ(2月17日) Bobby Yip-Reuters
アメリカの政界・財界・学界のエリートたちの中国に対する見方は根本的に誤っていた。それが最近、明らかになりつつある。
米中間にはさまざまな問題が生じている。中国が人民元の為替レートを本来あるべき水準より安く維持し、貿易へ影響を与えているのがいい例だ。
中国は国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)では交渉決裂を招き、イランの核兵器開発を防ごうという国際的な努力に対しても非協力的だ。同様のことは北朝鮮の核問題でも言える。アメリカから台湾への武器輸出や、グーグルの中国撤退の可能性といった火種もある。
アメリカと中国は、まったく異なる視点から世界を見ている。アメリカは大恐慌と第二次世界大戦を通して、孤立主義は国益を害するという教訓を学んだ。
アメリカは自らの経済と国土を守るために、自国外の問題にも関与しなければならなかった。こうした考え方は、今も海外派兵や世界経済の自由化推進を正当化する根拠となっている。その目標は安定であり、帝国の建設ではない。
中国も安定を求めている点では同じだ。だがイギリスのジャーナリスト、マーチン・ジャクスの名著『中国が世界を支配するとき──西洋世界の終焉と新グローバル秩序の誕生』に見るとおり、その歴史的経緯も視点もアメリカとは異なる。
歴史が生んだ「自国第一主義」
1839〜42年のアヘン戦争以降、中国は軍事的敗北を何度もこうむり、そのたびにイギリスやフランスなどの列強に通商上・政治上の特権を与える屈辱的な条約を結ぶことを余儀なくされた。
20世紀には、国共内戦と日本の侵略で中国はばらばらにされてしまった。内戦は49年に共産党の勝利に終わり、ようやく統一政府が生まれた。こうした経験により中国には、秩序の混乱への恐怖心や外国による搾取の記憶が残された。
78年以降、中国経済の規模は約10倍にふくれあがった。これまでアメリカには、中国が豊かになれば、その関心や価値観もアメリカのものに近づくだろうという読みがあった。
中国は繁栄する世界経済に依存するようになり、国内市場の開放が進めば共産党の締め付けも弱まるだろう。米中の間にたとえ意見の相違があっても、それほど深刻な対立にはならないはずだ――。
だが最近の様子を見るとどうも違う。中国は豊かになるとともに前より独断的になったとジャクスは指摘する。アメリカの威信はアメリカ発の金融危機によって大きく傷ついた。
だが、米中間の亀裂は大きくなりつつある。中国は戦後の世界秩序の正当性も認めなければ、それを好ましいものだとも考えていない。ちなみに戦後の世界秩序には「アメリカをはじめとする大国が世界経済の安定と平和に集団的な責任を持つ」との概念が含まれている。
中国の外交政策の背後にはまったく別の概念がある。それが「チャイナ・ファースト」だ。
都合が悪い秩序は認めない
いわゆる「アメリカ・ファースト」(30年代のアメリカの孤立主義)と異なり、チャイナ・ファーストは世界から距離を置くことを意味しない。中国は中国なりのやり方で国際社会に関わっていくということだ。
01年に世界貿易機関(WTO)に加盟したときのように、中国は自らのニーズに役立つと思えば既存の秩序を受け入れ、支持する。そうでなければ、自分自身のルールと規範に従って振舞う。
貿易分野では余剰労働力と必需品の不足という2つの大きな問題に対処すべく、誰が見ても不公平な政策を採っている。人民元のレートが安く維持されているのは、年に2000万人かそれ以上の新規雇用を創出するためだとジャクスは書いている。