漂流する伝説の俳優、笈田ヨシ ── 人間の営みを見つめ表現する
──老人は叶わぬ恋に苦しむ。女性の側は、人生において恋より踊り(仕事)を取ると考えてしまう。つまり、お互いに、自分ではどうしようもないことを抱えて生きるということを表現しているのですね。
僕はダンスもオペラも芝居も演出しますが、人間というのは「摩訶不思議だ」「すごく美しい」「欲望の塊だ」などということを、踊りや歌や台詞で表現するのが好きなのです。それらを見るのも好きです。下手な役者が褒められようと思って一生懸命に演じている姿とか、反対に、すごく上手に人間の生きる様子が表現されているとか。とにかく、人間を見るのが好きなのです。
日仏の労働に対する意識の違い
──人間らしいというと、フランスでは年金制度改革に関して、政府への抗議としてストライキがずっと続いていますが、そんなフランス人たちをどう思いますか?
政治が生活の一部になっているということもありますが、彼らのエネルギーは、やっぱりすごいですよね。僕なんて、しようがないんじゃないかと思ってすぐに諦めてしまって、抵抗するエネルギーが自分には欠けているように感じています。日本人だと現実が苦しいと、諦めて、それを受け入れてしまうことが多いと思いますが、あくまでも抵抗するというのは立派だと思いますね。
反面、自分さえよければいいっていうエゴイスティックな欲望もあるのかもしれないですね。日本人は迷惑をかけてはいけないということが大切で、フランス人は迷惑をかけてでも自分の意思を押し通すわけで、どちらがいいといは言えないですが。
その議論になっている年金制度について言えば、フランス人にとっては、働くことは罰として肉体労働をすることだという意識があるようです。トラバイユ(仕事、労働)というフランス語は、元々、犯罪者たちの苦役を意味するらしいです。日本では、ハタがラクをするために働くわけで労働は美徳とされてきました。その考え方の違いに、何十年も前にパリに初めてきた時にすごく驚きました。
働くこと=精神の健康法
──演劇界をさらに発展させるために、これからもお仕事を続けられますよね?
僕は、フランスで働き始めた年齢が遅かったので、もらえる年金が少ないんですよ、だから、働かなきゃ食えないじゃないですか(笑)。それに、働かないと認知症になるかもしれないし(笑)、働くことは自分の精神の健康法でもあります。仕事には責任が伴います。台詞を覚えなくちゃとか、仕事のために健康でいなくてはというパニックがあって、そのパニックは健康のためにいいんじゃないかと思って。だから、あれやらなくては、これやらなくてはと、いつも悩んでいます(笑)。
*インタビュー後編はこちら。
笈田ヨシ(おいだ よし)
1933年生まれ、兵庫県出身。パリに拠点を置く。慶応義塾大学で哲学の修士号を取得。同大学在学中、文学座に入団し、三島由紀夫とも仕事をする。劇団四季を経て、1968年、ロンドンでピーター・ブルック(1925-2022年)演出の『テンペスト』に出演、1970年にはブルックが設立した国際演劇研究センター(CIRT)に入り、イラン、西アフリカ、米国での公演を果たした。その後、改名した同センター(CICT)への所属を機に、活動の拠点を国外に移す。テレビ、映画、現代劇に出演するほか、数多くの演劇やオペラの演出も務める。
1992年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエ、2007年に同オフィシエ、2013年に同コマンドゥールと3等級すべてを受勲。師と仰いだブルックとの信頼関係は厚く、ブルックに「ヨシは友人であり、師である」と言われていた。
公式サイト http://www.yoshioida.com/
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com