ゲイと共産党と中国の未来
CHINA’S MAJORITY-MINORITY PROBLEM
エイズという病気は偏見も強く、リスクがある人々にアプローチすることが難しい。そんななかでのBluedの活動は政府に好意的に受け止められ、創業者の耿楽は12年11月に李克強副首相(現在は首相)と面会し運営会社Bluecityも17年に北京市政府系メディアの新京報が関与する投資ファンドから数千万元を調達してもいる。一時期取り締まりが厳しくなり他のアプリが摘発されたときにもBluedが生き残った背景には、マイノリティーの権利保護という「べき論」だけではなく、為政者側の利益を織り込んだ上で存在意義を訴えたしたたかさがある。
実は同じ同性愛でも中国のレズビアンを取り巻く状況はこうしたポジティブなものとは程遠い。Bluedの中国国内ユーザーは約2400万人。それに対して、レズビアン向けアプリ最大手のRela(熱拉)のユーザーは530万人ほどとされる。潜在的に男女の同性愛者はほぼ同数存在するはずだ。では、人の目を気にせずこっそり使えるアプリの利用者数に4・5倍の差があるのはなぜなのか。
「峻別」されるマイノリティー
中国でも他国同様、ゲイはおしゃれでカッコよく、クールな成功者というイメージがある。しかしレズビアンは中国において、特に男性中心の社会構造への異議申し立て、フェミニズム的運動と距離が近い。その一部の過激な人々は政府が「社会の安定を損なう」として最も嫌うデモや抗議活動を行いがちで、結果として取り締まりの対象とされることも多い。15年3月にバスの中で痴漢反対のステッカーを配ろうとして拘束された女性5人「フェミニスト・ファイブ」の事件はヒラリー・クリントン元米国務長官が釈放を訴えるなど国外でも広く関心を集めた。こうした当局との緊張関係や「危ない活動家」という負のイメージが、性的指向としてのレズビアンの目覚めにためらいを与えている大きな要因だろう。
セクシュアルマイノリティーは同性愛だけに限らない。例えばトランスジェンダーは社会的な立場以前に、今CCMDの最新第3版で「易性症」という病気と分類されている(ただしWHOの定める国際的な基準であるICDから外れたのも実は18年と最近になってから)。このようにマイノリティーの中のさらに少数派たちは病気とされるか、そもそも認知すらされていないという一層難しい状況に置かれている。
中国政府の態度は「合理的」だ。ゲイは社会の安定や経済発展のために「使える」ので支持し、レズビアンなどは放置されるか、意見の違いを公にすれば弾圧される。多様な個人が集合体として社会をつくるという考えはなく、権力者がつくりたい社会の部品として有用かどうかという、いわば自分の都合で峻別しているにすぎない。ある同性愛者は言った。「これは、いま社会が私たちのために何をしてくれるかという問題ではない。私たちが社会のために何をできるのかという問題なのだ」
セクシュアリティーだけではない。現在の中国社会は合理性や生産性のみを優先して設計され、その枠に当てはまらない少数民族、宗教者、障がい者などのマイノリティーに対しては一貫して冷たい態度を取っている。ただそれは単純な善悪の問題ではなく、巨大な発展途上国だった中国が、最短の時間で経済を発展させるために行われた選択的リソース配分の残滓でもあろう。
だが多数派のためだけのリソースの集中投下は、副作用としてそれだけを是とする単一の排他的な価値観を蔓延させる。また多様性、そしてそれを許容するだけの余裕の喪失は、外部環境の変化に対して脆弱になることも意味する。それらと引き換えに得た経済的な基盤は、貧困による不幸を減らすことに効用はあっても幸福に対する寄与は大きくない。
EU加盟国の2倍の国土面積に56の民族が暮らす中国は、もともと世界のどの国よりも多様さを内包している。ゲイ向けアプリBluedが国外に広まっているように、その多様さはうまく生かせれば減速しかけている中国経済を成長軌道に戻す可能性を秘めている。多様性の尊重は多くの国が共感・共有できる価値観でもあり、今の中国が渇望する他国からの尊敬を得ることにもつながる。
しかし今までどおり抑圧と矯正によって「多数派もどき」を大量生産し続けるなら、巨大な中国はいつまでも身中の虫にさいなまれ続けることになる。
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[2020年8月 4日号掲載]