裸に豹の毛皮を巻いた16歳の美輪明宏 三島由紀夫に誘われ返したひと言は......
乱歩に紹介された刹那、明宏は自分が気に入られたことがわかった。
「ねえ先生、明智小五郎って、どんな人?」
「腕を切ったら青い血が出るような人だよ」
「まあ、なんて素敵なこと!」
「へえ、そんなことが君わかるの。面白い、じゃあ、君は切ったらどんな色の血が出るんだい?」
「ええ、七色の血がでますよ」
「おお、面白い、珍しいじゃないか。じゃ、切ってみようか。誰か包丁持ってこい!」
興がのった乱歩は、本当に切りかねなかった。
「およしなさいまし。切ったらそこから七色の虹が出て、お目がつぶれますよ」
明宏の当意即妙(とういそくみょう)の口舌に、眼疾を患っていた乱歩は、「両方ともつぶれちゃったら大変だ」
と冗談をいった。
「君、幾つだい?」
「はい、十六です」
「ほう、十六でその台詞かい。とんでもない面白い子だねえ」
それからの乱歩は、明宏を贔屓(ひいき)にした。
明宏には、芸術家たちをひき寄せる妖しい魅力があった。
フランス語で歌った「バラ色の人生」
三島は来店の都度、明宏を指名した。明宏も次第に心を開いていった。三島がブラックジョークでからかえば、明宏はウィットにとんだ生意気な言葉でやり返した。折ふし三島の哄笑が「ブランスウィック」の店内に響いた。
三島が来店したとき、歌を聴かせる機会があった。明宏は、二階からの三島の視線を感じながら、フランス語でシャンソンを歌った。曲目は、エディット・ピアフの「バラ色の人生」。明宏は、ピアフのレコードを繰り返し聴いて勉強していた。
「君は、大物になる」の言葉の重み
歌い終えた明宏は、二階の三島の席にもどった。
三島の様子がいつもと違っていた。悪態をつかれるだろうと予想していたが、三島は神妙な顔つきをしていた。
「ぼくの歌、どうでしたか?」
恐るおそる明宏が訊いた。
「君は、大物になる」
三島が、明宏を見つめながら答えた。
「たった一言でしたけど、それは私にとって千万の言葉より嬉しいものでした」
明宏は、三島の言葉の重みを今に至るまで忘れていない。
歌手としての運命を拓いた一通の紹介状
しかし、「ブランスウィック」には永くいられなかった。店の大事な客を、あっさりと袖にしたことが原因だった。
「そんなお偉いさんは、うちにはいらない。今すぐに出て行け!」
ケリーが、明宏を睨みつけながら叫んだ。