知らない女が毎日家にやってくる──「介護される側」の視点で認知症を描いたら
■完璧な主婦だった私
私は料理が得意だったし、掃除だって完璧にできた。立派な板張りの廊下はお父さんの自慢だったから、毎朝、しっかり磨き上げていた。
あなたはいつも、お母さんって本当にすごいですね、完璧な仕事ですよと言ってくれた。息子だって、かあさんの料理がいちばんやと、いつも言ってくれていた。それなのに、今はただの洗濯ばあさんです。
ほら、指がずいぶん曲がってしまったでしょう。
いつからこんなに曲がってしまったのか、思い出せない。
爪には薄いパールのマニキュアを塗っていたはずなのに、すべて剝げ落ちてしまっている。お花の稽古をしている頃はこんな指ではなかったのにと、不安な気持ちになる。いつの間にか年をとってしまったと悲しくなる。
そういえば、お稽古は何曜日だった? 生徒の山下さん、佐藤さん、神田さん、あの人たちは、確か火曜日の午後でしたよね? しばらくお会いしていないような気がするから、今夜、お電話してみましょう。
それにしても、この女はいつまでこの家にいるつもりなのか。
私とお父さんに対してたいそう偉そうに、熱を測れ、薬を飲め、血圧はどうだとかなんとか、押しつけてくる。コロナが大変だ、外出は控えてくださいって、いったい何様のつもりだろう。コロナがそんなに危険なのだったら、うちに来なければいいじゃないですか。お父さんがウイルスに感染したら、どう責任を取ってくれるのですか?
服薬の確認? 資格がある?
全部噓っぱちなのはわかっている。
いったい、誰なのだろう。なぜ私に馴れ馴れしく話しかけてくるのだろう。今日、初めてお会いしたんですよ? 常識のある人ならば、もっと丁寧に話しませんか? だって初対面ですもの。それに私は年長者ですよ。ねえ、どなた様?
※続き(抜粋第2回)はこちら:スタイル抜群のあの女がこの家を乗っ取ろうとしている──認知症当事者の思い
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