知らない女が毎日家にやってくる──「介護される側」の視点で認知症を描いたら
第一章 あなたは悪人――翌年の爽秋
■知らない女がやってきた
知らない女が毎日家にやってくる。ずかずかと玄関から上がり込んで、大きな声で挨拶をしたかと思ったら、勝手にキッチンに入っていく。
慣れた様子なのが、とても腹立たしい。
断りもなく冷蔵庫を開けて、あなたが近所のスーパーで揃えてくれた食材をぞんざいな手つきで選び、お父さんの好物を料理すると言う。
なぜお父さんの好みを知っているのだろう。おかしな話だ。
私には居場所がない。
女が来ると居場所がない。邪魔にされているのだから、仕方がない。用がないと、能力がないとそれとなく言われているのだから。
知らない女に家に入り込まれ、今までずっと大切に使い、きれいに磨き上げてきたキッチンを牛耳られるなんて、屈辱以外の何ものでもない。
私は失格の烙印を押された主婦になった。
お父さんは、料理を作っている女の様子を見て、うれしそうにしている。何度も何度も、ありがとうと言っている。私がどれだけ料理をしても、これまで一度としてありがとうなんて言ってくれたことはなかった。
これは嫉妬ではない。情けないのだ。
いい年をして若い女に熱を上げるなんて、近所の人に知られたら恥ずかしくてたまらない。
だから、私はそんなお父さんの姿を、こっそり家の外に出て、キッチン窓の向こうからそっと盗み見ている。監視している。洗濯ものを干すふりをしながら、枯れ葉を集めるふりをしながら。
■夫と若い女性をめぐる疑惑
私がすべて見ていることに、お父さんは気づいているのだろうか。にこにこと笑って、まったくのんきなものだと思う。
最近は、私が腹を立てていることは感づいているようで、女が来ると、上着を着込んで庭に出るようになった。庭木を手入れしては、ため息をつく。悩んでいるような横顔を、わざとらしく見せてくる。
どれだけ隠したって私にはわかりますから。あの人たちのなかの一人と、お父さんがおつきあいしていることぐらい。
お父さんが倒れてから、あっという間に季節は移り変わった。外はすっかり寒くなり、洗ったばかりの洗濯ものは、広げて干そうと手に取ると、指が痛くなるほど冷たい。でもこれが、私の今の仕事なのです。
少し前まで、家事は完璧にこなしてきた。なんだってできました。ずっとずっと、お父さんのために、息子のために、なにからなにまで完璧に、私は家のなかを守ってきました。二人に不自由な思いをさせたことは、これまで一度もありません。でも、お台所を知らない女に取られちゃったんだから、仕方がないじゃないですか。