最新記事

ジョンのレガシー

ジョン・レノン「ビートルズ後」の音色──解説:大江千里

SONGS AFTER THE BEATLES

2020年12月9日(水)18時45分
大江千里(ジャズピアニスト)

『心の壁、愛の橋』(1974年)

magSR201208_John4.jpg

APPLE

ヨーコとの別居中に制作された作品。政治色が少なく、シニカルでロマンある詩人のジョンがよみがえる。そして、歌という虚構の世界で恋をなくした男を演じる天才も同時に。

全米チャート1位になった「真夜中を突っ走れ」では切れ味の鋭いミュージシャンが結集し、厚みのあるホーンも入り最高だ。この曲にゲストとして参加したエルトン・ジョンのハーモニーもご機嫌。やっぱり音楽は楽しくなくちゃ。

エレピの音とメジャー7コードをうまく使った異色の「果てしなき愛」は「restless spirits departs(落ち着かない魂が旅立つ)」という、俯瞰的で成熟した目線での作風に膝を打つ。生きるのが怖い、とにかくManage to survive(何とかして生き残る)にはDance to the music(音楽に合わせて踊る)しかない。理屈を超えた音楽の躍動感が、さらっとよみがえった印象だ。

全く言葉を乗せない「ビーフ・ジャーキー」がまたいい位置に置いてある。「ノーバディ・ラヴズ・ユー」の弦やブラスの入り方もうまい。ヨーコやフィル・スペクターに心で感謝しながらも、独り立ちの風通しの良さを楽しむ余裕さえある。ノンストップで100万回でも聴き続けたい傑作。ずっと追い掛けているものが見つからず背中を引っかいてみたり、気持ちが盛り上がってテンポが変わったり── 。俺は自由だと叫ばんばかりに、水のようにゴクゴクとアイデアを飲み干して、最高の一枚を作っている。

『ロックン・ロール』(1975年)

magSR201208_John6.jpg

APPLE

このカバーアルバムをジョンの8枚として加えるかどうか迷った。この作品は、ビートルズの「カム・トゥゲザー」がチャック・ベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の盗作だとして、その版権を持つモリス・レビーに訴えられたことが発端で作られた。最終的には、レビーが版権を持つべン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」や、くだんの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」などをジョンが取り上げてカバーアルバムを作った。

俯瞰して見ることができるフィルをプロデューサーに立てたが、この時期は彼もジョンもプライベートで問題を抱えていて思うように制作が運ばず、揚げ句にフィルがマスターテープを持ち逃げしてレコーディングがストップした。そのあと戻ってきたマスターには使える曲が数曲だったので、ジョン自身がプロデュースして仕上げたといわれている。

ベリーを敬愛するジョンが「ユー・キャント・キャッチ・ミー」に影響を受けたのは分かる。しかし「カム・トゥゲザー」でリズムパートが繰り返すコード進行とメロディーには神がかったオリジナリティーがある。ジョンの「カム・トゥゲザー」が「ユー・キャント・キャッチ・ミー」にしか聞こえないアレンジになったのは世に問い掛けたのだと思う。

アルバムジャケットでジョンの前を横切っているのはポールやジョージらのビートルズメンバー。トラブルが奏功して生まれた考えさせられる名盤で、ウイットにも富む。

ジョンは想像以上にビジネスができる。この年は唯一のベスト盤も制作し、その後ヨーコとよりが戻り息子ショーンが生まれ、育休に入る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中